うつ病の真っ只中にいた頃、私はただひたすら「回復したい」と願っていました。毎日が地獄のようで、何をする気力も湧かず、希望を感じることはほとんどありませんでした。しかし、長い闘病生活を経てようやく回復の兆しを実感したとき、私は自分でも驚くほどの喜びを感じました。
最初に「回復した」とはっきりと感じたのは、ある朝のことでした。これまで毎朝目覚めるたびに襲われていた絶望感や倦怠感が、その日はほとんどなく、穏やかな気持ちで目覚めることができたのです。太陽の光が心地よく感じられ、部屋の空気が清々しく感じられました。その瞬間、私は心の底から「ああ、やっと抜け出せたのかもしれない」と実感しました。
それからしばらくの間、私は少しずつ自信を取り戻し、社会復帰を果たしました。職場に戻ることができ、友人たちとの交流も再開し、家族との関係も徐々に修復されていきました。何もかもがうまくいき始め、自分の人生が再び軌道に乗ったことを心から喜びました。
しかし、回復を喜んだのも束の間、私はすぐに別の恐怖に襲われました。それは、「再発への恐怖」でした。回復したとはいえ、一度あれほど深刻な状態になった私にとって、「また同じことが起こるのではないか」という恐怖が常に頭から離れなくなりました。
うつ病という病気の特性上、一度経験すると「またあの苦しい日々に戻るのではないか」という不安は、簡単には消えてくれません。特に、少し疲れが溜まったときや、嫌なことがあったとき、些細なことで気分が落ち込んだときなどは、「また悪化するかもしれない」とパニックのような不安に襲われました。
実際に、私が職場復帰してしばらく経った頃、小さなミスをしたことがきっかけで強烈な不安感に襲われたことがありました。その日、上司から軽い注意を受けただけでしたが、私はそれをきっかけに心が急速に揺れ動きました。「まただ、またあの辛い日々がやってくる」と一瞬にして頭が真っ白になり、動悸が激しくなり、汗が噴き出しました。
その夜は一睡もできず、次の日も職場に行くことができませんでした。幸い、職場の理解があり、数日間休みをもらって再び落ち着きを取り戻しましたが、この経験は私に大きなショックを与えました。「回復したはずなのに、こんなにも簡単に崩れてしまうのか」と絶望に近い感覚に襲われました。
この経験を通じて私は、「回復すること」と「再発しないこと」はまったく別の話であり、回復後の再発予防や人生の再構築が極めて重要であることを痛感しました。うつ病は、一度かかると再発リスクが高く、一度回復したとしても、適切な再発予防策をとらない限り、再び苦しい日々に戻ってしまう可能性があります。
私はこの経験を通じて、自分が完全に回復したと思い込んで油断してしまったこと、そして再発予防を真剣に考えていなかったことを反省しました。そのとき初めて、「もう二度とあの苦しみを繰り返さないためには、回復後の過ごし方が非常に重要だ」と強く自覚したのです。
また、再発予防と同じくらい重要なのが「人生の再構築」です。うつ病になる前の私の生活は、ストレスに満ち、無理を重ねる日々でした。回復後も同じ生活に戻れば、再発リスクは非常に高くなります。だからこそ、私は回復後に「人生そのものを見直す」必要性を強く感じました。
私が具体的に行ったのは、自分の価値観や優先順位を徹底的に見直すことでした。それまでの私は、仕事で成果を出すこと、他人に評価されることを最も重要視していました。しかし、うつ病を経験したことで、「自分自身が心から幸せで穏やかに暮らすこと」の重要性を強く認識しました。
そのため、私は仕事の量を調整し、自分のペースで無理なく働ける環境を整えました。また、趣味や好きなことを楽しむ時間を意識的に増やし、家族や友人との交流を大切にしました。これらの生活の再構築によって、再発リスクは大幅に下がり、自分自身も毎日をより穏やかで充実した気持ちで過ごせるようになりました。
この本の目的は、まさにここにあります。あなたが私と同じように回復後の再発への不安や恐怖を抱えているなら、この本がその不安を軽減し、再発予防と人生再構築の具体的な道筋を示す助けになるはずです。
本書では、再発を予防するために必要な日常の習慣や心理的ケア、生活の見直し方を詳しく紹介しています。また、人生再構築のために、自分の価値観を再確認し、新しい人生設計を具体的に立てていく方法も提案しています。
この本をどのように使っていくかという点ですが、ぜひ焦らず、自分のペースで読み進めてください。一気に全部を実践する必要はありません。気になる章や項目から読み始め、自分に合った方法を少しずつ生活に取り入れてみてください。
本書は、あなたの回復が一時的なものではなく、真の意味での安定した回復へとつながることを目的として書かれています。一度でも鬱病を経験した人が、二度とその苦しみを繰り返さず、自分らしく穏やかな人生を送れるようになるための手助けとなることを心から願っています。
再発への恐怖は簡単には消えませんが、正しい方法で予防策を取り、自分の人生を再構築することで、その恐怖は確実に減っていきます。この本が、あなたが安心して新たな人生を歩み始めるための支えになることを、心から祈っています。
さあ、一緒に新しい人生を築いていきましょう。
- 第1章 再発予防のための心理学と習慣作り
- 第2章 感情の波とうまく付き合う方法
- 第3章 ストレスマネジメント完全攻略法 再発リスクを劇的に下げる、人生を変えるストレスとの付き合い方
- 第4章 職場復帰から自立までの完全ガイド 無理をせず、でもあきらめずに働き、生きる力を取り戻すために
- 第5章 人間関係の再構築とコミュニティへの参加 孤独を抱えずに、穏やかで温かなつながりを育てるために
- 第6章 再発予防のための自己分析・セルフケア習慣 「自分を理解し、自分を守る」力を育てる日々の実践ガイド
- 第7章 人生の目標設定と新たなキャリア構築法 「何者かになる」のではなく、「本当の自分として生きる」ために
- 第8章 回復後に陥りやすい落とし穴とその回避方法 「順調なのに、なぜかまた調子が崩れる」を防ぐために
- 第9章 幸福を感じられる日常の作り方 「生きていてよかった」と思える日常を、自分の手で育てていく
- 幸福感を持続的に生み出す日常習慣
- 日常の中で「小さな幸せ」を感じる方法
- 幸福感を継続させるための工夫
- 「幸せは、育てるもの」
- 第10章 再構築した人生の実際と未来への展望 「終わった人間」ではなかった。私は、生き直すことができた。
- 希望とは、今ここにある小さな光
第1章 再発予防のための心理学と習慣作り
再発を起こしやすい状況や心理的メカニズム――私の体験を通して
鬱病から回復した後、私は再発というものがどれほど身近であり、同時に恐ろしいものかを深く実感しました。初めて回復した時には、私は「もう二度とあの状態には戻らない」と固く信じていました。しかし、現実はそう甘くありませんでした。
ある日、職場で小さなトラブルが起きました。ほんの些細なミスだったのですが、私の心の中ではそれが途方もなく大きな問題に感じられました。その瞬間、私は一気に恐怖に飲み込まれました。「また、あの時のように鬱病が再発するのではないか」という考えが頭を支配したのです。
私は激しい不安感に襲われ、動悸が止まらず、頭が真っ白になりました。その日は家に帰るまでの道のりが非常に長く感じられ、帰宅後も何も手につかず、一晩中ベッドで震えていました。この経験を通じて私は、自分が思っていた以上に鬱病の再発リスクが高いこと、そして小さな出来事でも心理的な引き金になりうることを痛感しました。
鬱病の再発は、心理的メカニズムが大きく関係しています。私自身の経験から言えることは、再発は「特定のストレス状況」によって簡単に引き起こされるということです。特に私の場合、過去の鬱病の経験と似たような状況が訪れると、「また同じようになるのではないか」という強迫観念が生まれました。この観念こそが再発の大きな引き金でした。
私が特に再発を感じやすかったのは、「仕事や人間関係のストレスが蓄積したとき」「睡眠不足が続いたとき」「無理をして頑張りすぎているとき」などでした。これらの状況が訪れると、心と体のバランスが崩れ始め、過去の記憶と結びついて心理的に不安定になりました。
このように、再発というものは偶然起きるのではなく、自分の心理状態と明確に関連しています。そのため、鬱病の再発を防ぐためには、自分自身の心理状態をよく理解し、具体的な対策を取る必要があります。
長期的な再発防止に必要な習慣
再発を防ぐためには、心理的なメカニズムを理解することに加えて、日常的な習慣作りが非常に重要です。私自身が長期間にわたり再発を防げている理由は、生活習慣を根本的に改善したことにあります。
再発予防のために特に重要な習慣として、私は次の三つを強くおすすめします。
十分な休息をとること
趣味や楽しめる活動を持つこと
定期的に自然環境と接すること
以下で、それぞれの習慣について具体的に説明します。
十分な休息をとることの重要性と具体的な方法
十分な休息をとることの重要性と具体的な方法
再発予防において、何よりも大切なのは「休息の質と量を確保すること」だと私は実感しています。うつ病という病気は、心の問題と見られがちですが、その根本には長期的な疲労や慢性的なストレスの積み重なりがあります。つまり、心と脳が「もう限界」と悲鳴を上げている状態です。だからこそ、心と脳が本当の意味で休める時間を、日常の中に意識して取り入れていくことが、再発を防ぐうえで非常に重要になってきます。
私自身、一度うつを克服したあと、再発の危機を迎えたことがありました。そのときの私は、「もう元気になったんだから」と、以前と同じペースで仕事や家事をこなそうとしていました。スケジュール帳は常にびっしり、昼も夜も隙間なく動き続けていて、「疲れた」と感じる時間さえ与えずに自分を駆り立てていました。結果、心の中にまた重たい靄のようなものが広がり、身体のだるさや思考力の低下が日ごとに増していったのです。
この体験を通じて私は、「回復したからといって、無限に動けるわけではない」という当たり前のことに、やっと気づかされました。そしてその日から、「意識して休む」という習慣を本気で取り入れはじめたのです。
まず私が行ったのは、「1日の中に休息のための空白時間を作ること」でした。以前の私は、予定を詰め込むことが“充実”だと思っていました。でも今は、「何も予定を入れない時間」こそが、自分を保つための大切な時間だと考えています。仕事の合間には必ず一度、パソコンやスマホから離れて深呼吸する時間をつくり、家に帰ってからは、夕食後に15分ほど照明を落として静かに音楽を聴くようになりました。
この“何もしない時間”は、最初は落ち着かなく感じることもありました。けれど数日、数週間と続けるうちに、その静けさの中で自分の呼吸や鼓動に意識が向くようになり、身体の緊張がほどけていくのを感じるようになったのです。「何かしなければ」と常に考えていた頭が、少しずつ“今ここ”に戻ってくるような感覚でした。
また、夜の睡眠は、心と脳を回復させるための最も重要な時間です。うつ病の回復期や再発予防の段階では、「睡眠の量」だけでなく「質」を高めることがとても大切になります。私は夜の過ごし方を大きく見直しました。
まず、寝る1時間前から部屋の照明を暗めにし、スマホの使用をやめて、テレビの音も控えめにしました。ブルーライトは脳を覚醒させてしまうため、夜遅くまでのスマホ閲覧は睡眠の質を大きく下げてしまいます。その代わりに、アロマオイルを焚いたり、静かな音楽を流したりして、五感から“夜の静けさ”を感じられるように工夫しました。
さらに、身体を軽く動かすことも効果的でした。私は毎晩、寝る前に軽いストレッチや深い呼吸をする時間を設けました。肩や背中をゆっくりとほぐしながら、「今日も一日、よく頑張ったね」と自分に声をかけるようにしました。このようなセルフケアの時間は、体の緊張をゆるめるだけでなく、自分の存在を肯定する小さな儀式にもなってくれました。
また、どうしても眠れない夜が続くときには、「眠れなければ無理に寝なくてもいい」と思うようにしました。無理に眠ろうとすることが、かえってプレッシャーになってしまうこともあるからです。そんなときは、お湯をわかして温かいハーブティーを飲んだり、優しいエッセイを読んだりして、心がゆるむ時間をつくりました。眠れなかった夜も、自分を責めず、「そういう日もある」と受け入れることで、翌日に引きずらずに済むようになりました。
休息とは、ただ体を休めるというだけではなく、自分を守るための“選択”です。何かをやめること、立ち止まること、誰かに頼ること、それらすべてが「回復に必要なこと」だと認めてあげる勇気こそが、再発を防ぐための力になります。
私たちは、常に何かに応えようと頑張ってしまいがちです。仕事、家族、人間関係、社会的な役割。だけど、どれだけの役割をこなしていたとしても、「自分自身が壊れてしまっては意味がない」のです。だからこそ、あなたにも伝えたい。どうか、あなた自身に「ちゃんと休んでいいよ」と言ってあげてください。
それは怠けではなく、未来の自分を守るための準備です。あなたが今日少しでも安心して、静かな時間を過ごせますように。そしてその休息が、また明日を生きるための力になりますように。
趣味を持つことの重要性と具体的な実践方法
うつ病からの回復において、「趣味を持つこと」が重要だとよく言われます。でも、私はこの言葉を聞くたびに、少しだけ胸が痛くなっていました。「趣味なんて、やってみても楽しくないのに」と感じていたからです。
うつの時期、私にとって「趣味」という言葉は、むしろ自分が失ったものを突きつけられるような感覚でした。以前は好きだった音楽がただの騒音に感じられたり、楽しみにしていた小説のページを開いても一文字も頭に入ってこなかったり。絵を描こうとしても、鉛筆を持つ手に力が入らず、白い紙の前でただ呆然としてしまう日々。そんな自分を「もう何も感じられない」「私は空っぽなんだ」と責めてしまい、趣味どころか、生活のすべてが灰色に見えていた時期がありました。
だけど今になって思うのは、「趣味が楽しくなくなったこと」そのものが、うつ病のサインであり、自然な反応だったということです。脳が疲れ切って、何かを「楽しむ」という働きそのものがうまく機能していなかったのです。だからこそ、「楽しくない」と感じることに罪悪感を持つ必要はなかったのに、当時の私はそれすらも自己否定の材料にしてしまっていたのでした。
では、そんな状態からどうやって「趣味」と再び向き合えるようになったのか。私がまず意識したのは、「趣味を“楽しむ”ことを目的にしない」という考え方でした。楽しめなくても、感じられなくても、それでもただ“手を動かしてみる”“少しだけ近づいてみる”という姿勢を大切にしました。
たとえば、音楽を聴いても感動できないなら、「今日はとりあえず1曲だけ再生してみる」と決めて耳に流すだけで終わってもいい。読書も、内容が頭に入らなくても、文字を追うだけでいい。絵を描くことも、完成を目指さず、線を一本引くだけでもいい。そうやって「成果」や「満足感」ではなく、「今の自分ができる範囲で、ほんの少し触れること」を目的にしたのです。
この“触れる”という小さな行為を繰り返すうちに、ごく稀に「あ、今ちょっと心が動いたかも」と思える瞬間が出てきました。ある日、YouTubeで流れてきたピアノの音にふと耳がとまり、しばらくその音に身を任せていた自分に気づいた時、心の奥に小さな灯がともった気がしました。そういう些細な瞬間が、実はとても貴重な「回復のサイン」なのだと後になってわかったのです。
そして気づけば、少しずつ趣味の世界に自分を戻していけるようになっていました。もちろん、その過程に焦りや落ち込みがなかったわけではありません。「また何も感じられない」「自分には向いていないのかもしれない」と思うことも多々ありました。でも、そのたびに、「楽しむためじゃなく、自分を感じるためにやっているんだ」と自分に言い聞かせながら、趣味との距離を少しずつ縮めていきました。
私が実際に取り入れた趣味の中で効果を感じたものの一つが、「散歩中に写真を撮る」ことでした。特別な知識も必要なく、スマホさえあればできる。最初は目的もなく歩くだけでしたが、ある日道ばたに咲いていた花を撮ってみたのがきっかけで、「今日は何か一枚撮ってみよう」という気持ちが芽生えるようになりました。そのうち、「季節が少しずつ変わっている」「空の色が昨日と違う」と、目に映る世界に意識を向ける力が戻ってきました。それはまさに、感情を取り戻すリハビリのような時間だったと今では感じます。
趣味というのは、何かを「うまくやる」ことではありません。他人と比べて評価されるものでもないし、成績が出るものでもありません。だからこそ、「好きだったものに触れ続けること」「何も感じなくても続けてみること」それ自体が、あなたの大切な自己回復の手段になるのです。
そしてもし、今あなたが「何をしても楽しくない」「趣味なんて自分にはもうない」と感じているのなら、それはあなたの感受性が失われたのではなく、ただ少し休んでいるだけなのだと信じてください。喜びを感じる回路は、ちゃんとあなたの中に残っています。今は感じられないだけで、必ずまたその道は開いてきます。
だから、「何を趣味にしたらいいか分からない」ときは、過去に少しでも好きだったことを思い出してみてください。子どもの頃に好きだった遊び、昔やっていた部活動、心が動いた映画や音楽。そこに、あなたが再び喜びを見つけるヒントが隠れているかもしれません。
無理に楽しまなくていい、笑えなくてもいい、結果を求めなくていい。ただ「触れるだけ」でいいのです。それが、心の奥深くでじわじわと効いてくる。あなたがあなたらしく戻るための静かな一歩になりますように。趣味はあなたを責めません。ただ、あなたの中にある命のかけらに、そっと光をあててくれる存在です。
定期的に自然環境と接することの大切さと方法
定期的に自然環境と接することの大切さは、うつ病の回復や再発予防において、見過ごされがちなけれど、とても効果の大きい方法のひとつです。現代社会では、私たちは日々、建物の中や人工物に囲まれ、画面から発せられる光や情報の波に常にさらされています。こうした生活の中で、心が緊張状態にあることにさえ気づけずに、じわじわとストレスが蓄積していくのです。
私も、うつ状態が長引いていたある時期に、「とにかく外の空気を吸ってみよう」と思い立ち、近所の小さな公園に足を運んだことがあります。ベンチに座り、何をするでもなくただ木々を眺めていたその時間が、思いのほか心地よく感じられたことを、今でもはっきりと覚えています。最初はほんの10分ほどでしたが、それがきっかけとなり、少しずつ「自然の中に身を置くこと」が私の中で大切な習慣になっていきました。
自然の中にいると、五感が研ぎ澄まされるような感覚が生まれます。風の匂い、木の葉が揺れる音、土や草の感触、鳥のさえずり。普段は気づかないようなこうした感覚が、自分の感情や思考のざわめきを静かに落ち着かせてくれるのです。とくに、緑の多い場所や水のある景色には、私たちの脳のストレス反応を鎮める働きがあると言われていて、それは実際に私自身の体験からも納得できるものでした。
私は週に2〜3回、近所の川沿いや広い公園を散歩するようにしています。歩くこと自体ももちろん心身に良いのですが、「自然の中を歩く」というだけで、身体がふっと緩む感覚が得られます。大きな深呼吸をしながら、「今ここにいる自分」に意識を向ける。それだけで、心が少し静かになっていくのがわかるのです。
とくに、自然の中ではマインドフルネスの実践がしやすくなります。私が行っていたのは、ごく簡単な「歩く瞑想」です。ただ、歩きながら「足の裏が地面に触れている感覚」や「葉っぱが揺れるのを見ている自分」に意識を向けるだけ。雑念が浮かんでも気にせず、また静かに意識を戻す。この繰り返しが、心の中の余白を取り戻す助けになってくれました。
自然との接触は、特別な準備をしなくても始められます。遠くの山や海に行かなくても、街中の小さな緑地や、木が数本あるだけの広場でも十分に効果があります。大切なのは、「自然の中で過ごす時間を、自分のために意識して取ること」です。たとえそれが5分であっても、スマホを見ず、会話もせず、ただ木や空を眺めるだけの時間を確保することで、思っている以上に心と身体が整っていくものです。
私はある日、川辺でふと目に入った一羽のカモを、じっと見つめていたことがありました。そのカモは、水面をすいすいと滑るように進みながら、ときどき水に顔を突っ込んだり、羽をばたつかせたりしていました。特に何の感情も抱かず、ただその姿を見ていたのですが、なぜか涙が出てきたのです。理由はわかりません。ただ、長い間張り詰めていた心が、自然のリズムに触れることでほぐれていった、そんな気がしました。
こういった「心がゆるむ瞬間」があるからこそ、私は今も自然に触れることを大切にし続けています。無理に「何かを感じよう」「癒されなければ」と思う必要はありません。ただ、自然と共に静かに過ごす時間が、あなたの中の緊張を少しずつほどいていきます。
もし今、心が疲れていると感じていたら、まずは一歩、外に出てみてください。近所の小さな公園でも構いません。空を見上げて、風に頬を撫でられて、目の前の草木の色に目を向けてみてください。自然はいつでも、あなたを責めず、評価せず、ただそこにあって、やさしく包み込んでくれます。
自然と触れ合うということは、外の世界と再び繋がり直すこと。孤立感や焦燥感でいっぱいだった心に、「大丈夫だよ」と語りかけてくれるものに出会えること。そうした静かな回復の入り口が、あなたのすぐ近くにあるということを、忘れないでいてほしいのです。
再発防止習慣を無理なく継続するための具体的工夫・体験例
習慣というのは、健康を守る土台のようなものです。特にうつ病からの回復期や再発予防においては、ただ「何かを続ける」という行動以上に、「自分と丁寧に向き合う時間を毎日少しでも持ち続ける」ことに、非常に大きな意味があります。しかしその一方で、習慣化というのは思っている以上に難しく、意志だけで乗り越えようとすると挫折してしまうこともあります。私自身も「やったほうがいい」と頭で分かっていても、気分が乗らず、体がついてこず、何度も続けられずに落ち込んだことがありました。
そんな私がたどり着いた一つの答えは、「習慣化とは、努力ではなく工夫である」という考え方でした。つまり、続けるためには無理をせず、仕組みそのものを自分に合ったかたちにすることが必要なのです。
まず私は、あらゆる習慣において「完璧を求めない」ことを決めました。たとえば散歩をするとしても、「毎日30分必ず歩く」ではなく、「今日は玄関の前まで出てみるだけでもいい」「ベッドの上でストレッチするだけでもOK」と、できることのハードルをぐっと下げるようにしました。うつ病の回復期は、気分や体調の波があるのが当然です。その日の自分が無理なくできることに調整しながら進むことが、結果的には継続への近道になると実感しました。
ある日、私は「朝の5分だけ、窓を開けて外の空気を吸う」という習慣を始めてみました。とても些細なことですが、この5分が意外なほど効果的でした。新鮮な空気に触れることで気持ちが少しほぐれ、「今日は何かしてみようかな」という気持ちが芽生えることもあったのです。たとえそのあと横になって一日を過ごすことになっても、その5分があるだけで、自分を否定する気持ちが和らいだ気がしました。
習慣を定着させるうえで大切だったもう一つの工夫は、「自分の努力を“見える形”で残すこと」でした。私は小さなノートを1冊用意し、その日やったことを日付ごとに簡単に記録していきました。内容は本当に些細なことです。「バナナを食べた」「3分だけ散歩した」「好きな音楽を聴いた」など、箇条書きというよりは、つぶやくように書いていました。ページが増えていくことで、「自分は何もしていないわけじゃない」と確認でき、それが次の行動の励みになりました。
この記録を続けていると、落ち込んだときに見返すことで「あ、あのときもこんな気分だったけど、ちゃんとまた立て直せたな」と自分への信頼が少しずつ育っていきました。習慣は続けることだけでなく、「続けた証を自分自身に見せてあげること」にも意味があるのだと気づいたのです。
また、楽しむという視点を忘れないことも重要でした。うつ状態では、「〜すべき」「やらなければ」ばかりが先行しがちで、行動の中に喜びが感じられにくくなってしまいます。だからこそ私は、どんな習慣にも「楽しいエッセンス」をひとつ加えることを心がけました。
たとえば散歩のときは、お気に入りの音楽をイヤホンで聴くようにしました。料理をするときは、気に入ったエプロンを身につける。日記を書くときは、お気に入りのペンを使う。そんな小さな工夫が、「やらなきゃ」から「ちょっと楽しみ」に変えてくれる大切なきっかけになりました。
そして何より、私は「習慣化には波がある」ということを受け入れるようになりました。毎日続けるのが理想でも、現実にはできない日もあるし、忘れてしまう日もあります。でも、それは決して失敗ではなく、単なる一時的な中断に過ぎません。次の日、またやればいい。それくらいの気持ちでいることが、習慣を長く続けていくための一番の秘訣でした。
習慣は、「できなかった日」ではなく、「何度でもやり直せた日」で築かれるものだと思います。あなたがこれから作っていく習慣も、最初から完璧である必要はまったくありません。大切なのは、あなたのペースで、あなたの生活に寄り添うかたちで続けていけること。無理せず、気負わず、「自分を大切にする手段」として習慣を味方にしていくことができれば、それはきっと、再発のリスクをぐっと減らし、あなたの日常に安定と安心をもたらしてくれるはずです。
第2章 感情の波とうまく付き合う方法
回復しても感情は揺れる
うつ病から回復したあと、多くの人が「もう大丈夫」と思える瞬間を迎えます。それはとても喜ばしいことであり、ようやく暗闇を抜けて光のある場所にたどり着いたような、安堵と希望が入り混じった感覚です。私自身も、そうした穏やかな日々が続く中で、「きっともう大丈夫」「あんなに苦しんだ自分は、もう戻ってこない」と信じていました。ところが、現実はそう簡単ではありませんでした。
ある日、ほんのささいな出来事をきっかけに、気持ちが一気に沈んでしまったのです。買い物中、店員さんのちょっとした無表情な反応に、自分が否定されたような気持ちになり、胸がぎゅっと締め付けられました。そのときは「あれ?なんでこんなに動揺しているんだろう」と自分でも驚くほどでした。帰宅後、何の前触れもなく涙がこぼれ、何もする気力がなくなって、ただ布団にくるまって過ごすしかありませんでした。
こうした体験を通して私は、「回復したからといって、もう二度と落ち込まないわけではない」ということを、身をもって知りました。むしろ、回復とは「全く落ち込まなくなる」ことではなく、「落ち込んでも、その都度立て直せるようになる」ことなのだと、少しずつ理解できるようになったのです。
うつ病からの回復後にも、感情は当然揺れます。人との関わり、環境の変化、思いがけないひとこと──さまざまな出来事に、心は柔らかく反応してしまいます。けれど、そのこと自体が「回復していない証拠」ではありません。大切なのは、その揺れをどう受け止めるか、そしてどう対処していくかということです。
私が特に実感したのは、「感情の波を否定しない」ことの大切さです。以前の私は、再び不安や落ち込みを感じるたびに「また元に戻ってしまった」「やっぱり私はダメなんだ」と、自分を責めていました。けれどそれは、二重の苦しみを自分に課しているようなものでした。本来であれば、「今、ちょっと疲れているんだな」「この出来事は、自分にとって少し重かったんだな」と、ただその事実だけをやさしく認めるだけでよかったのです。
感情には、波があります。それは決して異常なことではなく、人間としてごく自然なことです。天気と同じで、晴れの日があれば曇りの日もあるし、突然の雨に打たれることもある。それと同じように、心の天気も常に一定ではありません。大事なのは、その「雨の日」が訪れたときに、「ああ、また来たな」と気づいて、過剰に怖がらず、必要なら傘を差し、風をしのげる場所で少し休む、そんな対応力を育てていくことです。
私の場合、そういった感情の揺れを記録するようになってから、少しずつ変化がありました。手帳やノートに「今日はなぜか涙が出た」「人の表情に敏感になった」と書き留めておくと、数日後にそれを読み返したとき、「あのときは雨だったけど、今は晴れているな」と、自然と安心できるようになったのです。この記録は、自分がどのようなパターンで感情の波に揺れるのかを知るヒントにもなり、再発を未然に防ぐための大切な“心の地図”となってくれました。
また、感情が揺れたときには、無理に「気を取り直そう」としないことも、重要なポイントでした。何とかしようとすればするほど、かえって苦しくなることがあります。だから私は、まずそのままの気持ちを許すことから始めました。「今日は無理しなくていい」「落ち込んでも、それは自然なこと」と、自分自身に言い聞かせる。それだけでも、少しずつ心が緩んでいくのを感じました。
もしあなたが今、回復の途中でふとしたきっかけから気持ちが沈んでしまったり、「せっかくよくなったのに、どうしてまた」と自分を責めてしまいそうになっているとしたら、どうか安心してください。それは回復が失敗したわけではなく、むしろ「自然な反応」です。感情の波は誰にでもあり、波があるからこそ、私たちは深く感じ、生きているのです。
そして何より、「揺れながらも前に進んでいる自分」がいるという事実を、どうか見落とさないでください。たとえ昨日より元気がなかったとしても、それでもあなたは、自分の心と向き合い、ここにいる。それだけで十分に価値のある前進です。
回復とは、一直線に進む道ではなく、ときに立ち止まり、揺れながらも、自分のペースで歩いていく旅のようなもの。その旅の中で出会う感情の波も、あなたの大切な一部であり、そのすべてを受け入れながら進んでいけたなら、きっとそれは、揺るがない回復へとつながっていくのです。
なぜ感情コントロールが再発予防に重要なのか
うつ病という病は、ただ気分が落ち込んでいるだけではありません。心と脳の機能が全体として不調に陥っている状態であり、その核心には「感情のコントロールの難しさ」があります。私自身が経験したことから言えるのは、感情は静かに、しかし確実に心身を蝕んでいくということです。表面的には元気そうに見えても、内側で小さな感情の波が起こり、それが適切に対処されないまま蓄積すると、やがてそれは再発のきっかけになり得ます。
私はある時期、回復を感じ始めていたのに、ある小さな誤解をきっかけに再び調子を崩しかけたことがありました。午前中までは調子よく過ごせていたのに、午後に交わしたたった一言の会話が、「自分はまた嫌われたかもしれない」という不安を引き起こしました。表面的には笑顔でやり過ごしたつもりでも、心の内側では「やっぱり私は人とうまくやれない」「こんな自分じゃまた落ち込むに決まってる」と、自動思考がぐるぐると回り出しました。そうした思考は、感情の不安定さに拍車をかけ、夜には眠れなくなり、翌朝には何もする気が起きなくなるという流れを作っていました。
このときに実感したのは、「感情のコントロールを放棄したままにすると、どれだけ回復していても、あっという間に調子を崩す可能性がある」という事実でした。感情というのは、抑え込んで黙らせるものではなく、まず気づいてあげることが大切なのです。そして、この“気づいてあげる”という行為こそが、感情のコントロールの第一歩です。
ここで強調したいのが、「感情をコントロールすること」と「感情を抑えること」は、まったく別物だという点です。多くの人は、感情をコントロールするというと、「怒ってはいけない」「泣いてはいけない」「不安にならないようにしなきゃ」といった“我慢”を思い浮かべるかもしれません。でも、それは実はコントロールではなく“抑圧”です。そして、抑圧された感情というのは、行き場を失って心の奥深くに蓄積され、やがて爆発的に噴き出すことがあります。
本当の意味での感情のコントロールとは、「今、自分はこう感じているな」と、感情の存在に優しく気づき、否定せずに受け入れ、そしてその感情に対して適切なケアや対応をしていくことです。それは、怒っている自分を責めるのではなく、「今、私はちょっと傷ついたんだな」「今日は心が疲れてるんだな」と理解してあげること。泣きたくなったら、泣いていい。寂しくなったら、その感情を丁寧に感じてあげていい。そうして感情に寄り添うことが、むしろコントロールへの道につながっていくのです。
私はこの考え方に出会ってから、日々の中で「小さな感情の揺れ」に気づくことを意識するようになりました。たとえば、何かモヤっとすることがあったら、その場で深呼吸をして、「今、自分はどう感じてる?」と自分に問いかけます。そして、ノートにそれを書き出してみたり、短い散歩に出て頭を整理する時間を持ったりしました。たったそれだけのことでも、感情に飲み込まれずに済むことが増えていきました。
このプロセスを重ねていくことで、私は「感情はコントロールできるものなんだ」と少しずつ実感できるようになっていきました。もちろん、毎回うまくいくわけではありません。ときにはうまく感情を扱えず、また落ち込んでしまうこともありました。でも、それでも「次はもう少し丁寧に自分を見てあげよう」と思えたこと、それ自体が回復の証だったと思います。
再発を防ぐためには、「自分の心の動きに、いち早く気づける力」を養っていくことが何より大切です。何か大きな出来事がなくても、感情の変化は日常の中で静かに起こっていきます。その波を無視せず、「今日、ちょっと揺れてるな」と感じたら、休んでいいし、泣いていいし、誰かに話していい。感情は敵ではありません。むしろ、あなたの心が「助けて」と伝えてくれている、大切なサインなのです。
感情のコントロールとは、「感じないふり」をすることではありません。感じたうえで、自分を守る行動を選ぶこと。それができるようになると、少しずつ、心の土台が安定していきます。そしてその安定こそが、うつ病の再発を防ぎ、日々を安心して生きていくための基盤になるのです。
どうか、あなたもご自身の感情とやさしく付き合ってください。揺れたっていい、弱音を吐いてもいい。そのたびに「じゃあ、今日はどうしようか」と自分に寄り添っていくこと。それこそが、回復を本物にしていく力になるのです。
感情の波との付き合い方:私が効果を実感した3つの方法
マインドフルネス――「今、ここ」に戻る習慣
私がうつ病の回復期に最初に取り組んだのが、マインドフルネスという心の練習でした。それは、日常の中で「今この瞬間の自分の状態に、良し悪しの判断を加えずに、そっと気づく」という、とても静かで深い行為です。
当時の私は、常に思考が暴走しているような感覚に苦しんでいました。朝起きた瞬間から、心は過去と未来を行き来してばかり。過去の失敗や後悔が繰り返し頭の中をよぎり、「どうしてあんなことを言ってしまったんだろう」「あのときもっと頑張っていれば」と自分を責め続け、まだ起きてもいない未来に対しては、「また同じことが起きたらどうしよう」「失敗したらどうなるだろう」と不安でいっぱいでした。そんな状態では当然、目の前の出来事や今この瞬間を感じる余裕などまるでなかったのです。
マインドフルネスを知ったのは、ある日たまたま読んだ本の中でした。そこには、「呼吸に意識を向けるだけでいい」「今この瞬間に気づくだけで、心は少しずつ落ち着いてくる」と書かれていて、正直なところ最初は半信半疑でした。そんな簡単なことで、今のこの嵐のような心が静まるわけがない、そう思っていました。
けれど、試してみて驚いたのは、ほんの数秒でも「今、ここにいる」という感覚に戻ると、心が少しだけ軽くなるということでした。
私が実践していたのは、本当に些細なことばかりです。朝起きて白湯を飲むとき、カップの持ち手が指先に伝えるぬくもりを感じること。歩いているとき、足の裏が地面を押し返す感覚にそっと意識を向けること。外を歩いていて風が頬に触れた瞬間、「今ここに風があるな」と感じること。どれも誰にでもできる、特別な道具も時間もいらないシンプルなことです。
しかし、この「ただ気づく」という行為を繰り返していくうちに、私は自分の中に生まれてくる感情に少しずつ敏感になっていきました。それまでは、怒りや不安に気づく前にその波に呑み込まれていたのが、マインドフルネスを続けるうちに、「あ、今わたしは不安になっているな」「ちょっと今、イライラしてるな」と、自分の心の動きに前よりも早く気づけるようになっていったのです。
ある日の出来事が、今でも印象に残っています。職場で少しトゲのあるメールを受け取り、私はその内容にひどく動揺しました。以前の私なら、そのまま不安と怒りに振り回され、一日中そのことが頭から離れなかったでしょう。でもその日は、メールを読み終えた後、ふと自分の呼吸に意識を向け、「今、私は動揺しているんだな」と自分に語りかけてみたのです。そうしたら、なぜか涙が出るほどホッとした感覚がありました。
そのとき、私は気づきました。感情は、否定したり、押し込めたり、見なかったことにするからこそ、私たちを苦しめるのだと。本当は、ただ気づいてあげるだけで、心は少しずつ落ち着こうとしてくれる。マインドフルネスは、その「気づき」の感性を優しく育ててくれる方法なのだということが、体感としてわかりました。
ここで強調しておきたいのは、マインドフルネスは感情を消すためのテクニックではないということです。むしろ、感情を感じる力を取り戻すための練習なのです。私たちは日常の中で、無意識に自分の本当の気持ちから目をそらしたり、感情を「良い/悪い」で判断して押し込めてしまいがちです。でも、感情にはそれぞれの役割があります。不安には不安の理由があり、怒りには怒りの理由があります。それに気づかずにいると、心はずっと置き去りにされたままになってしまうのです。
マインドフルネスを生活に取り入れることで、私は「今、ここ」に戻る力を少しずつ養うことができました。未来を憂いたり、過去にとらわれたりすることが減り、今できること、今感じていることに丁寧に向き合えるようになりました。そして、それこそがうつ病の再発を防ぐために、私が見つけたもっとも確かな「心の地図」だったように思います。
たとえ忙しい日々の中でも、たった一呼吸分だけでもいい。「今、自分は何を感じている?」と心に問いかけてみる。そんな小さな習慣の積み重ねが、あなたの心をゆっくりと整えてくれます。どうか焦らず、自分のペースで「今、ここ」に戻る時間をつくってあげてください。それが、あなたの心にとって、かけがえのない休息となるはずです。
感情日記――モヤモヤを言語化して手放す
私が回復のプロセスの中で取り入れた習慣のひとつに、「感情日記」があります。この方法はとてもシンプルで、特別な道具も知識も必要ありません。けれど、私にとっては心の整理と感情の安定をもたらす、大きな支えとなる習慣でした。
やり方は本当に簡単です。その日に起きたこと、そこで自分がどんな感情を抱いたか、そしてその感情に付随する考えや反応を書き出していくだけ。ただ、それだけのことなのに、自分の心に向き合う時間を持つことが、こんなにも気持ちを落ち着けてくれるものなのかと、私は何度も驚かされました。
たとえば、ある日のことです。職場で、同僚のAさんに朝の挨拶をしたのに返事がなかった、という出来事がありました。以前の私なら、そのまま一日中モヤモヤした気分を抱え、「私、嫌われたのかもしれない」「何か悪いことをしたかな」と不安と自己否定の渦に飲み込まれていたと思います。
でもその夜、ノートを開いてこの出来事を振り返ってみました。「今日、Aさんに挨拶をしたけれど返ってこなかった。寂しさと不安を感じた。そのとき私の頭には、『また嫌われたかもしれない』『やっぱり自分は人から距離を置かれてしまう存在だ』という考えが浮かんでいた」と書きました。そこまで書いたあと、ふと一息ついてから、「でももしかすると、Aさんは急いでいて気づかなかっただけかもしれない」「自分が今、少し敏感になっているだけかもしれない」と、別の視点からも見てみました。
すると、不思議なことに、最初にあれほど感じていた不安が少しやわらぎました。「事実」と「解釈」を分けて見つめることで、私は自分がどれだけ自動的にネガティブな思考に支配されていたのかを知ることができたのです。
このように感情日記を書き続けることで、自分の思考のパターン、つまり「考えグセ」のようなものに気づくようになりました。私は特に、「すぐに嫌われたと思ってしまう」「人に迷惑をかけたと感じると、極端に自分を責める」といった傾向があることを認識しました。そうした傾向に気づくと、次に同じような出来事が起きたとき、「あ、これもいつもの自動思考かもしれない」と、立ち止まって心を観察できるようになります。たったそれだけの変化ですが、それがあるかないかで、日々の過ごしやすさはまるで違うのです。
感情日記の魅力は、ただ「気づき」を与えてくれるだけでなく、感情を外に出すことで、自分の中の緊張や不安をそっと手放すことができる点にもあります。心の中にだけ留めていると、不安や怒り、寂しさはどんどん膨らんでしまいます。でも、ノートに書き出すことで、「私は今、こう感じているんだ」と認めることができ、その感情が少しずつ外に流れ出していくような感覚があるのです。
とくに効果を感じたのは、寝る前にこの日記を書くことでした。一日の終わりに、心の中を整理し、感情を言葉にすることで、不思議と翌朝の気分が軽くなっていました。私はそれまで、夜になると特に不安が強くなり、布団の中でなかなか寝つけず、過去の後悔や未来の不安ばかりを考えてしまうことが多かったのですが、感情日記をつけるようになってからは、そうした「心のざわめき」が少し落ち着くようになったのです。
感情日記は、特別な書き方をしなくても構いません。整った文章である必要もありませんし、誰かに見せるものでもありません。ときには、感情があふれて涙をこらえながら書くこともありましたし、怒りでペンを強く握ってしまうこともありました。でも、それでいいのです。大切なのは、「書いてもいい」「こんな感情を持ってもいい」と、自分の内側にあるものをそのまま紙の上に出してあげることです。
この習慣を通して私は、自分の中にある「小さな声」に耳を傾ける力を取り戻していきました。日々の中で、私たちはどうしても外の世界にばかり意識を向けてしまいます。誰かの目を気にしたり、社会の評価に翻弄されたり。けれど、本当に大切なのは、「自分が今、何を感じているのか」に気づいてあげることだと、私は感情日記から教えてもらいました。
もしあなたが、心の中にモヤモヤを抱えていて、うまく言葉にできないまま苦しんでいるなら、どうか一度ノートを開いてみてください。最初はたった一行でもかまいません。「今日、なんだかしんどかった」「誰かに冷たくされて悲しかった」――そんな、ほんのひとことからでも、自分自身との対話は始まります。
感情日記は、あなたの心を整え、感情を大切に扱うための小さな「安全地帯」になってくれるはずです。書くことで、心が軽くなる。その実感が、あなたの回復の力となり、再発を防ぐための大切な支えになっていくのです。
セルフ・コンパッション――自分を責めない、新しいやさしさの形
うつ病と向き合う日々の中で、私がいちばん苦しかったのは、「症状そのもの」ではなく、「自分を責める気持ち」でした。うまく笑えない日、家事がまったく手につかない日、仕事に行く気力がまったく湧かない日、そんな時に私は何度も何度もこう思いました。「またダメになった」「どうして自分だけこんなに弱いんだろう」「もっと努力すればこんなふうにはならなかったのに」。そうやって、落ち込んでいる自分をさらに追い詰める――そんな思考のループに、何度も陥っていました。
回復期に入ってからも、その癖はなかなか消えませんでした。体調が少し戻ってくると、期待が生まれます。「もう大丈夫だろう」「次はもっとちゃんとやれるはず」。けれど、思うように進まない日があると、「やっぱり私はダメなんだ」と自己否定が始まります。これはとても苦しい悪循環でした。
そんな私にとって、大きな転機となったのが「セルフ・コンパッション」という考え方との出会いでした。直訳すると「自分への思いやり」。でもそれは、単なる自己肯定感とは少し違います。どんな自分であっても、苦しんでいる自分、うまくいかない自分、落ち込んでいる自分をも否定せず、やさしく受け止めてあげるという心の在り方です。
最初にその概念を知ったとき、私はどこか抵抗を覚えました。「そんなのは甘えじゃないか」「ちゃんとやれていない自分を許してしまったら、成長できなくなるんじゃないか」と思ったのです。でも、少しずつ実践していくうちに、私は気づきました。責めることで自分を変えるのではなく、受け入れることでしか、ほんとうの意味での変化は訪れないということに。
たとえば、調子が悪い日があったとき、「またダメになった」と思う代わりに、私は心の中でこんなふうに自分に語りかけました。「今は苦しいんだよね。何もできなくても、そんな自分を責めなくていい。こういう日もあるって、わかってるよ」。言葉にしてみると、とてもシンプルなことのように思えるかもしれません。でも、自分の心の中に、こんなやさしい声があるだけで、私は少しだけ深く呼吸できるようになり、少しだけ落ち着いて過ごすことができました。
この「自分への語りかけ」は、はじめはぎこちなく感じるかもしれません。私自身、最初はどこか演技をしているような、嘘っぽい感じがして、「こんなことして意味があるのかな」とさえ思っていました。それでも、日々の中で何度も繰り返していくと、その言葉が少しずつ、自分の内側に浸透していくのを感じるようになったのです。ちょうど、冬の朝に差し込むほんの少しの光のように、冷たくなっていた心が、すこしだけあたたまっていく感覚でした。
私たちは、他人にはとてもやさしくできるのに、自分に対しては驚くほど厳しいものです。友人が体調を崩して寝込んでいると聞けば、「無理しないでね」「ゆっくり休んでね」と自然に声をかけられるのに、自分が同じ状況になると、「もっと頑張らないと」「また迷惑をかけてしまった」と自分を責めてしまう。そんな私たちにこそ、セルフ・コンパッションは必要なのだと思います。
この考え方は、「甘やかし」とは違います。むしろ、自分を本当に大切にするための、しなやかな強さなのです。苦しいときに苦しいと言えること、泣きたいときに涙を流すこと、できない自分を責める代わりに「大丈夫、また一歩ずつやっていこうね」と自分に言ってあげること。それが、回復を支える根本的な土台になると、私は感じています。
実際、セルフ・コンパッションを意識するようになってから、私は「無理をする前に休む」「落ち込んでも元に戻れることを信じる」「感情を否定せずにそのまま受け止める」といった行動が自然にできるようになってきました。それは、単に症状を軽くするだけでなく、生きること自体を少し楽にしてくれる感覚です。
自分を責めてしまいそうなとき、自分にこんなふうに声をかけてみてください。「つらいよね、今ほんとうに頑張ってるよ」「誰だって間違うし、完璧じゃなくてもいいんだよ」「今日は休もう。それでいいんだよ」。こうした言葉を、誰かからではなく、自分から自分に向けてあげられるようになると、不思議と心に余裕が生まれてきます。
そして何より、セルフ・コンパッションは「何かができるようになったとき」だけでなく、「何もできなかった日」にこそ、そっと寄り添ってくれるやさしさです。うまくいっている自分だけでなく、崩れかけた自分、泣いている自分、立ち上がれない自分をも包み込んであげること。それが、真の癒しにつながると私は信じています。
だからこそ、どうかあなたも今日からほんの少し、自分にやさしくしてみてください。たった一言でも、自分にあたたかい言葉をかけてあげてください。誰よりも長く付き合っていく「自分」という存在に、少しずつでもやさしさを取り戻していけたら、きっとそれが、回復への確かな道となっていくはずです。
実践例:私が救われた日常の場面
失敗して涙が止まらなかった日
ある日、仕事で資料の提出ミスをしてしまい、上司に厳しく注意されました。その瞬間、胸がぎゅっと締め付けられ、帰宅後、涙が止まらなくなりました。
「またやってしまった」「私は何も変わってない」「社会人として失格だ」
でもその夜、私は感情日記を開きました。
書きながら、「私、本当はすごく不安だったんだ」と気づきました。そして、「明日はゆっくり話して謝ってみよう」と小さな行動に意識を切り替えることができました。
翌日、上司に素直に謝ると、「誰にでもミスはあるよ」と言ってもらえ、肩の荷がすっと下りました。
落ち込みから立ち直った自然の力
ある週末、気分が落ち込み、何もやる気が起きませんでした。布団の中で過ごしていたのですが、思い切って近くの公園に出かけました。
風が心地よくて、木々の揺れる音に耳を澄ませながら、ただゆっくり歩きました。
その瞬間、「あ、私、ちゃんと生きてるな」と感じたのです。
自然の中にいると、自分の存在が小さなものとして包まれていくような安心感を得られました。これはマインドフルネスの延長線上にある体験だったと、今でも思っています。
感情は敵ではなく、あなたの声
ここまで読んでくださったあなたに、私は心から伝えたいことがあります。
感情は、あなたの敵ではありません。不安も、怒りも、悲しみも、孤独も、自己否定のように感じられるつらい気持ちでさえも、それらはすべて、あなたの中で起きている大切な“声”です。声なき叫びであり、あなたの心が何かを訴えようとしている、切実なメッセージなのです。
私たちは、つい感情を抑え込んでしまいがちです。「こんなことで落ち込むなんて情けない」「怒るのは大人げない」「泣いたら迷惑をかけてしまう」――そんなふうに思ってしまい、感情を否定したり、見て見ぬふりをしてしまうことがあります。でも、本当は逆なのです。感情は、あなたを困らせる存在ではなく、あなたがより自分らしく生きるためのナビゲーターのようなもの。何かが心の中でうまくいっていないことに、いち早く気づかせてくれる、とても誠実な存在です。
ただ、問題になるのは、その感情の声があまりにも大きくなって、自分の思考や行動を支配し始めるときです。心のなかの不安がどんどん膨らみ、夜眠れなくなったり、ちょっとした出来事に過剰に反応してしまったり、動けなくなったりすることがあるかもしれません。感情が自分の人生を“乗っ取ってしまう”ような感覚に、私も何度もおちいったことがあります。
けれど、そんなときこそ思い出してほしいのです。感情に気づき、向き合うことは、苦しみを抑えることではなく、やさしく見つめること。感情を“なくす”ことが目的ではありません。むしろ、「ああ、私は今、こんなふうに感じているんだな」と、言葉にしてあげることが、心の解放につながります。
マインドフルネスは、その一つの手段です。今ここにある体の感覚や呼吸に意識を向けることで、過去や未来ではなく、いまの感情を受け止める準備が整っていきます。感情日記は、その日感じたモヤモヤや悲しみ、怒りを、そっとノートに書き出すことで、自分の内側の混乱を落ち着かせることができます。そして、セルフ・コンパッション。自分にやさしい言葉をかけることで、「こう感じていいんだ」と、自分を責める気持ちを少しだけゆるめていけます。
これらは、どれも特別な道具も時間もいりません。今日、たった今からでも始められる、小さな心のケアです。そして、どれかひとつでいいのです。すべてを完璧にこなす必要はありません。疲れているときには、たった一言「今日はしんどかったな」と自分に語りかけるだけでも充分です。それだけで、あなたの中の“感情の声”は「気づいてもらえた」と安心して、少しずつ静かになってくれるかもしれません。
感情に気づくということは、自分の心に誠実であるということです。そして、誠実に向き合うことができる人ほど、ゆっくりでも確実に、前へと進む力を取り戻していきます。たとえ今日は揺れていても、明日は少し穏やかに過ごせるかもしれない。その積み重ねが、回復という道のりを支えていきます。
感情は、あなたを困らせるためにあるのではなく、あなたが本当の意味で「今、何を必要としているか」に気づかせてくれる、やさしい内なる声です。だからこそ、その声を押し込めるのではなく、そっと耳を傾けてあげてください。
そして、どうか忘れないでください。どんなに揺れていても、あなたは今、確かに前に進んでいます。たとえ立ち止まる日があっても、その場でじっと耐えるあなたの姿もまた、力強い前進の一つなのです。完璧じゃなくていい。不安定でもいい。あなたがあなたらしく生きている、その一歩一歩が、どんな薬よりも確かな治癒の力になっていると、私は信じています。
感情に優しく向き合えるようになったあなたは、もうすでに、回復への旅の途中にいます。その旅のなかで、自分ともっと仲良くなれますように。そしてその道が、あたたかな光に包まれていますように。私はいつでも、あなたの一歩一歩を心から応援しています。
第3章 ストレスマネジメント完全攻略法 再発リスクを劇的に下げる、人生を変えるストレスとの付き合い方
ストレスを「排除」ではなく「管理」するという視点へ
うつ病から回復した後、私が直面したのは、「普通の日常」に潜む小さなストレスでした。
実は、うつ病の再発の多くは“人生の大事件”によるものではなく、日常の中に潜む小さなストレスの蓄積によって起こることが非常に多いのです。私はそれを身をもって痛感しました。
完全にストレスをゼロにすることは不可能です。仕事、家事、育児、人間関係、体調不良、経済的不安…生きていれば、ストレスは常に周りにあります。大切なのは、それをどう受け取り、どう流し、どう整えるかという“ストレスマネジメント力”なのです。
この章では、私が回復後に実践し、再発リスクを確実に下げた方法を、体験談を交えてわかりやすく紹介していきます。
回復後の日常に潜む具体的なストレス事例とその影響
ストレスは「目に見えない重り」
私がうつ病から回復した直後、こんなことがありました。
朝、満員電車に乗るだけで強烈な疲労感。
上司の何気ない一言に心がざわつき、帰宅後まで引きずってしまう。
週末、友人との約束がプレッシャーに感じてキャンセル。
自分の小さな失敗が、頭の中でどんどん肥大化し、自責の念に潰されそうになる…。
これらの出来事は、一般的には「そんなに大したことじゃない」と思われるかもしれません。でも、うつ病から回復したばかりの心には、この“日常の小さな波”が大きな津波に感じられるのです。
このような“蓄積型ストレス”こそが、回復後の再発リスクを高める要因の一つです。
ストレスが引き起こす心と体へのサイン
以下は私が実際に感じたストレス反応のサインです。心当たりがある方は、すでに“負荷”がかかっているかもしれません。
睡眠の質が低下(寝つけない、夜中に目が覚める、朝起きられない)
体が常に緊張している(肩こり、首の痛み、食いしばり)
感情が不安定になる(涙もろくなる、怒りっぽくなる)
やる気の低下(好きなことが楽しくない、何もしたくない)
集中力が低下する(テレビを見ていても内容が入ってこない)
私はこれらのサインを見過ごした結果、一時的に状態が悪化し、再び長期の休養を取らざるを得ませんでした。
しかし逆に言えば、こうしたサインに早めに気づき、対処することができれば、再発は防げるのです。
効果的なストレス解消法の実践ガイド
ここからは、私が実際に試して「これは効いた」と感じたストレス解消法を詳しく紹介していきます。
運動:体を動かすことで、感情を流す
運動は、うつ病回復後の私にとって、最大の味方になってくれました。薬やカウンセリング、食事や睡眠といった療法も大切ですが、それらと同じくらい、いや、それ以上に大切だと実感したのが「体を動かすこと」でした。
私が実際に行っているのは、とてもシンプルな運動です。週に三回、だいたい30分くらい、家の近所をゆっくりと散歩するだけ。特別なウェアも道具もいらず、気が向いたタイミングで外に出て、ただ歩くだけ。でもその「ただ歩く」ことが、思っていた以上に心と身体に効いてくれるのです。
ここで大切にしているポイントは、「頑張らないこと」。何か成果を出そうとか、汗をたくさんかこうとか、そういう目的は持たずに、あくまで「気持ちいいと感じる範囲で動く」ことを意識しています。ジョギングや筋トレのようなハードな運動ではなく、ゆっくりと呼吸を整えながら、自然の中を歩く。自分の足音や風の音、木々の葉が揺れる音に耳を傾けながら、今この瞬間を感じるように歩きます。
思い出すのは、ある日のことです。朝から理由もなく心がざわざわしていて、頭の中でネガティブな思考がずっと回り続けていました。何かが起きたわけでもないのに、「なんで自分はこんなにダメなんだろう」「また何もできていない」と、根拠のない自己否定が次から次へと湧いてきて、気づけばソファに横たわって一時間が過ぎていました。何も手につかず、ただ重い気分だけが居座り続けるような、そんな時間。
でもそのとき、ほんの少しの勇気を出して靴を履き、外に出てみたのです。最初の数歩は重かったけれど、歩き出して数分も経つと、川沿いの風が頬をなで、木の間から差し込む光がきれいで、耳をすませば鳥のさえずりや水の流れる音が静かに響いてきました。不思議なことに、その景色や音に意識を向けているうちに、あれほどまとわりついていた思考の重さが、すーっと消えていくような感覚になったのです。
「気分を変えるのが難しいなら、まず体を動かしてみよう」
それが、私のなかでひとつのストレス対処の鉄則になりました。思考を無理に変えようとすると、逆に苦しくなることがあります。でも、体を動かすことは、そんな考えをいったん脇に置いて、外の世界と自分をつなぎ直してくれる。呼吸が整い、視界が開け、心のなかに少しずつ風が通る。そうやって、ほんの数十分の散歩が、驚くほど心に変化をもたらしてくれるのです。
私はいつも、うつの回復とは「心と体の再接続」だと感じています。頭の中だけで悩んでいた頃の私は、自分の体の声をまったく聞いていませんでした。でも、歩くようになってからは、体の感覚を通じて心の動きにも敏感になり、気づく力が育っていったように思います。
体を動かすことは、決して特別なことではありません。どこかに出かける必要もなければ、運動が得意である必要もありません。ただ、自分のために一歩を踏み出す。その小さな行動が、回復への確かな足がかりになってくれるのです。
もし今、何もしたくないと思っていたとしても、それでも大丈夫です。動けるようになったらでいいし、五分だけでも、外の空気を吸うだけでもいいのです。運動は「自分を責めるきっかけ」にするのではなく、「自分を助ける選択肢」として、そっとそばに置いておいてください。
あなたの体は、あなたの心に静かに寄り添っています。その体を少しだけ動かしてみることが、明日のあなたをやさしく変えてくれるかもしれません。そしてそれは、きっとあなたにとってかけがえのない、新しい回復の形になるはずです。
入浴法:湯船は“心のクッション”になる
湯船に浸かるという行為は、私にとって単なる習慣ではありません。それは、一日をリセットするための大切な儀式のようなものです。特に、ストレスが積み重なった日や、感情が高ぶってしまった夜など、心がざわざわとしているときには、必ず湯船に浸かるようにしています。
お湯に身体を沈めた瞬間、まるで自分の体と心がふわっとお湯に受け止められるような感覚になります。水面の温もりが皮膚を包み込むと、それだけで「大丈夫だよ」と言われているような、そんなやさしい気持ちになるのです。
私はこの入浴の時間を「ストレスデトックス入浴法」と呼んでいます。ただお湯に浸かるだけでなく、そこに少しの意識と工夫を加えることで、心の疲れをよりやさしく癒すことができるからです。お湯の温度は少しぬるめの38〜40度に設定し、じんわりと温まっていく感覚を大切にしています。熱すぎるお湯は交感神経を刺激してしまうため、心を落ち着かせるにはぬるめのお湯がぴったりでした。
湯船に入る前に、私は好きなアロマオイルをほんの数滴、お湯に垂らします。私の場合はラベンダーやベルガモットの香りが特に心地よく、鼻からゆっくり吸い込むだけで、肩の力がすっと抜けていくのを感じます。香りの力は想像以上に大きく、香りと呼吸が合わさることで、いつの間にか頭の中のごちゃごちゃした思考が静まっていきます。
照明もできるだけ暗めにして、明るすぎない環境をつくることで、視覚的な刺激を減らすように心がけています。私はよく、浴室の電気を消して、脱衣所の灯りだけを薄く漏らすようにしています。暗がりの中で湯気がふわっと立ち上る様子を眺めていると、まるで別の空間に来たかのような、不思議な安心感に包まれます。
湯船に浸かっている間は、なるべく何も考えないようにしています。とはいえ、考えないようにしようと思えば思うほど、あれこれ浮かんでくるのが人の心です。だから私は、思考を止めるのではなく、ただ「見送る」ようにしています。心の中に湧き上がる言葉や映像を、お湯の中にそっと手放すような気持ちで、「この怒りも、今だけ」「この不安も、いつか過ぎる」と自分に声をかけながら、深く呼吸を続けます。
ある夜のこと、仕事でひどく疲れていた上に、人間関係でも小さなトラブルが重なり、私はイライラが止まらず眠れなくなっていました。ベッドに入っても頭が興奮していて、寝返りばかりを打ち、気づけば時計の針は深夜を回っていました。そんなとき、思い切って湯船にお湯を張り、ゆっくりと身体を沈めました。
そのとき私は、湯船の中で自分にこう語りかけていました。「今日のこの気持ちは、ずっと続くものじゃない。明日の私は、きっと今日とは違う景色を見ているはず」と。その言葉を繰り返しながら、静かに目を閉じて呼吸を整えていくと、不思議と心がふわっとほどけるような感覚がやってきました。入浴を終えてタオルで身体を拭きながら、さっきまで心を覆っていた怒りや焦りが、少し遠くへ行ったように感じられました。
湯船というのは、ただ体を温めるだけの場所ではありません。それは、感情をいったん受け止めてくれる場所でもあります。日中に受けた刺激や傷、張りつめた気持ちや疲労感を、まるでクッションのように一度包み込んで、やさしく和らげてくれる。それが湯船の持つ、目には見えない大きな力なのだと私は思っています。
心がざわつく日こそ、湯船に浸かってみてください。何かを考えなくてもいい。ただ、お湯の中で静かにしているだけで、あなたの心は少しずつ静けさを取り戻していくはずです。そしてその静けさの中に、きっと明日への小さな力が眠っていることに、気づける瞬間がやってきます。
趣味時間の確保:「生きる喜び」に触れる
うつ病の回復過程において、趣味を持つことは非常に重要です。趣味はストレスの軽減や生活の質の向上に寄与し、自己表現や自己実現の手段ともなります。しかし、うつの症状が強い時期には、以前楽しんでいた趣味でさえも興味を持てなくなることがあります。これは、うつ病の特徴的な症状の一つであり、決して珍しいことではありません。
このような状況を克服するためには、まず自分自身に対して優しく接することが大切です。趣味を楽しめない自分を責めるのではなく、「今はそういう時期なのだ」と受け入れることが、回復への第一歩となります。無理に趣味を再開しようと焦る必要はありません。心と体が休息を求めているサインとして捉え、まずは十分な休息を取ることが重要です。
次に、新しい活動や軽い運動を取り入れてみることも効果的です。例えば、近所を散歩する、植物を育ててみる、簡単な料理に挑戦するなど、負担にならない範囲で新しいことを試してみると、気分転換につながることがあります。これらの活動を通じて、少しずつ興味や関心が戻ってくることもあります。
また、同じような経験を持つ人々と交流することも、回復の助けとなります。共通の話題を持つことで、孤独感が和らぎ、新たな視点や刺激を得ることができます。地域のサポートグループやオンラインコミュニティを活用してみるのも一つの方法です。
重要なのは、自分のペースを大切にし、無理をしないことです。趣味を再開することが目的ではなく、心の健康を取り戻すことが最優先です。その過程で、自然と興味や楽しみが戻ってくることを信じて、焦らずに日々を過ごすことが大切です。
ストレスを予防する環境づくりと人間関係の整え方
生活空間を整える:心のための“静かな居場所”
生活空間を整えるという行為は、単なるインテリアの話ではありません。それは、心の内側を整えるための、非常に大切なプロセスでもあります。とくにストレスを受けやすく、外部からの刺激に敏感になっているとき、人は無意識に「逃げ場」を探しています。しかしその逃げ場がどこにもなければ、心は休まることなく疲弊してしまいます。私自身もそうでした。日々の生活の中で、どこにも「自分の居場所」がないと感じていた時期がありました。
たとえば、リビングにいても常にテレビがついている。家族の誰かが動き回っていて、空気が落ち着かない。さらに、スマホからは途切れることなくSNSの通知が鳴り続ける。それらすべてが、静かに心を消耗させていくのです。気づかぬうちに、私は「家にいるのに疲れる」「休んだ気がしない」と思うようになっていました。
そんなある日、「物理的な環境が、自分の心を緊張させているのではないか」とふと感じたのです。そこから、私は生活空間の中に“自分の心が呼吸できる場所”を意識的に作るようにしました。
まず最初に取り組んだのは、家の中に“静かなコーナー”を作ることでした。広いスペースである必要はありませんでした。リビングの一角に、小さな椅子とスタンドライトを置いて、照明をやわらかくするだけでも十分でした。その場所ではテレビもつけず、スマホも持ち込まず、ただ静かに過ごすことを自分に許す時間を作ったのです。
その空間に植物を置いたり、好きな香りのアロマディフューザーを焚いたりすることで、五感からもやさしく落ち着きを取り戻せるように工夫しました。外の世界で傷ついた心が、ふっと緩むような感覚が、そこにはありました。
このスペースは、私にとって“心の安全地帯”になりました。日中に嫌なことがあった日も、帰宅してそこに座ると「ここでは誰にも責められない」「何も考えなくていい」という安心感が得られました。そしてその安心感が、次の日の私をそっと支えてくれたのです。
こうした空間の整え方には、正解もルールもありません。誰に見せるものでもないからこそ、どんなに小さくても、自分が「心から落ち着ける」と感じられる空間であれば、それが何よりも価値のあるものになります。ごちゃごちゃした部屋の片隅に、たった一枚の座布団でもいいのです。そこに、心が座れるなら、それはもう立派な“心の居場所”です。
生活空間を整えることは、決して面倒な作業ではなく、「自分の心に敬意を払う行為」です。私たちは日々、たくさんの刺激の中で生きています。だからこそ、一日のうちほんのわずかでも、自分を刺激から解放し、そっと包み込んでくれる空間を持つことが、うつ病の回復や再発予防において、実はとても大きな役割を果たすのです。
「静かな居場所」があること。それは、自分が自分らしくいられる、回復へのやさしい土台となるはずです。どうか、あなたの生活の中にも、そんな“心のためのスペース”を少しだけ作ってみてください。あなたが深く呼吸できる場所が、いつでもあなたを迎えてくれるようになります。
人間関係の“距離感”を見直す
人間関係の“距離感”というものは、うつ病の回復過程においてとても繊細なテーマです。私が回復後に直面したのは、「人と関わることが怖い」という感情ではなく、「人とどう関わればいいのか分からない」という戸惑いでした。以前は、誰かから連絡が来ればすぐに返信をしなければいけないと思っていましたし、誘いを断ることは失礼だと感じていました。そして、相手の些細な表情や言葉に過剰に反応し、「嫌われたかもしれない」「私が悪かったのかも」と自分を責めることが日常になっていたのです。
こうしたパターンに苦しんでいた時期、私は「優しさ」と「犠牲」は違うのだと気づき始めました。誰かに優しくすることはとても大切です。でも、その優しさの代償として自分をすり減らしてしまうなら、それはもう“優しさ”ではなく、“自己否定”に近いものでした。そう思ったとき、私は人との間に、ほんの少し「余白」を持つことの必要性を感じたのです。
たとえば、LINEの返信をすぐに返せなくても問題ないと自分に許すようになりました。最初は罪悪感がありましたが、「返したいときに返せばいい」「24時間以内なら充分」と思えるようになってから、驚くほど心が軽くなりました。返信の速度よりも、返すときの自分の心の状態を大切にすることのほうが、ずっと健全だったのです。
また、友人からの誘いや予定についても、体調や気分を第一に考えて「行けたら行くね」という言葉を使うようになりました。かつての私は、この言葉を“曖昧で無責任”と感じていたのですが、今では「無理をしないという誠実さの表れ」だと思っています。本当に体調が整っていて、心から会いたいと思えるときだけ、安心して人と関われるようになりました。
さらに、人と接するときに「無理に笑わない」「過剰に共感しすぎない」「相手の気分に自分の感情を預けすぎない」ということも意識するようになりました。以前の私は、相手が不機嫌そうだと「自分のせいかも」と悩み、必要以上に気を使って疲れてしまっていました。でも今は、「相手の機嫌は相手のもの」と切り分けて考えるようにしています。
もちろん、これらの変化は一夜にしてできたわけではありません。何度も自己嫌悪に陥り、「また人に合わせすぎてしまった」と後悔する日もありました。でも、少しずつ、自分の中に「他人と自分を分ける境界線」ができ始め、その境界線を保つことが、自分を守る力になるのだと感じるようになったのです。
人間関係というのは、決して“多ければいい”“密であればいい”というものではありません。自分が心から安心できる関係だけを、大切に育てていけばいい。そう思えるようになってから、私はようやく「関わること」に対して前向きな気持ちを持てるようになりました。
もし今、あなたが人間関係に疲れているのなら、それはあなたが悪いのではなく、ただ“距離のとり方”が少しだけ不器用になっているだけなのだと思います。そしてその距離は、ほんの少しの工夫と勇気で、確かに整えていくことができます。
自分の感情やエネルギーを守るために、時には一歩引くこと。それはわがままでも冷たいことでもありません。むしろ、自分自身を大切にしている証です。どうか、あなたも心地よい人間関係の距離感を見つけ、安心できる関わり方を少しずつ築いていってください。人との間に余白ができると、そこに深呼吸できるスペースが生まれ、きっと生きることが少しだけ楽になります。
ストレスに勝つのではなく、付き合っていく
ストレスというものは、私たちがこの世界で生きていくうえで避けられない存在です。どれだけ生活を整えても、心を鍛えても、仕事や人間関係、思いがけない出来事からくる緊張や不安は、ふとした瞬間にやってきます。だからこそ、ストレスに「勝つ」ことを目標にするのではなく、「共に生きる」ことを前提に、自分なりの向き合い方を見つけていくことが本当に大切なのだと思います。
私もかつて、「ストレスをなくさなければ」「不安を感じる私は弱い」と思い込んで、常に感情に逆らい、無理をしていました。しかしその姿勢こそが、心と体を消耗させ、知らず知らずのうちに自分を追い詰めていたのです。
ある日、どうしても気分が晴れず、ひとりで泣いてしまった夜がありました。理由は特にありません。ただ、疲れていたのだと思います。そのとき、ふとこんな気持ちが湧きました。「ああ、私はずっと、強くあろうとしすぎていたんだな」と。
それ以来、私はストレスと「戦う」のではなく、「寄り添って対話する」ような関係を築くことに意識を向け始めました。ストレスを感じたときには、まず「今、自分はどんな気持ちだろう」と問いかけるようにしています。たとえば、「緊張しているな」「不安になっているな」と、ただ静かに自分の心に目を向ける。それだけでも、不思議と心の中でパニックが収まり、少しずつ気持ちが落ち着いていくのです。
また、私にとっての「リセット習慣」は、湯船にゆっくり浸かることや、寝る前に好きなアロマを焚いてぼんやり過ごす時間です。ほんの10分でも、こうしたルーティンがあると、自分を整える基盤になります。ストレスで疲れた心に「ここに帰ってきていいんだよ」と優しく声をかけてくれるような感覚がありました。
そして大切なのが、距離の取り方。人間関係でも仕事でも、すべてに全力で応えようとすれば、当然どこかで疲れてしまいます。情報に対しても同じです。SNSやニュースに常に触れていると、他人の感情や不安が自分の心の中に入り込み、自分の輪郭がぼやけてしまうことがあります。だからこそ、何に触れるか、どこまで関わるか、自分で選んでいく感覚を持つことが大切です。
この「選ぶ」という行為が、自分を守る第一歩になります。すべての刺激を受け入れる必要はなくて、「これは今の自分に必要ない」と静かに距離を取ることで、ストレスに押し流されることが少なくなります。
完璧なストレス対処法など存在しません。むしろ、「今日はだめだったな」と感じる日があって当然。でも、そんなときに自分を責めるのではなく、「そんな日もある」と一呼吸おくこと。その優しさが、次の日の自分を少しだけ楽にしてくれます。
私が今でも毎日、心の中で繰り返している言葉があります。
「疲れたときは、止まってもいい。流されず、選んで生きよう」
この言葉は、がむしゃらだった私にとって、立ち止まることの許可を与えてくれた一言です。誰かと比べたり、社会の期待に応えようとしすぎたりせずに、自分のリズムで、自分の感情と向き合いながら歩いていく。その過程にこそ、本当の意味での「再発予防」と「心の安定」があるのだと思います。
どうかあなたも、「ストレスは消すものではなく、整えるもの」だと捉えて、今日という一日を、自分にとって心地よいバランスで過ごしてみてください。それだけでも、あなたの心は確かに守られているのです。
第4章 職場復帰から自立までの完全ガイド 無理をせず、でもあきらめずに働き、生きる力を取り戻すために
「復職」はゴールではなく、新しいスタートライン
うつ病で長期休養を経たあと、「社会復帰」という言葉がとても重く感じられたのを今でも覚えています。
「もう働けるのだろうか」
「迷惑をかけてしまうんじゃないか」
「また倒れたらどうしよう」
回復して元気になっても、心にはいつもこうした不安が付きまとっていました。
職場復帰は、「ゴール」ではなく、「回復の旅の後半戦」のスタートです。そこには、気力も体力も、そして人間関係の再構築も必要で、決して簡単な道のりではありません。
しかし、少しずつ自分なりのペースで歩き、工夫を重ねていくことで、社会とのつながりは再び育まれていきます。
この章では、私が経験した「復職から自立までの具体的なプロセス」を、会話例・ケア方法・働き方の工夫まで詳しくお伝えします。
職場復帰を成功させるために重要だったコミュニケーション術
復帰初日の会話例:「完璧じゃなくていい」という姿勢を伝える
私が復職したとき、一番恐れていたのは「同僚の目」でした。長く休んだ後、どんなふうに接したらいいのかわからない。自分から話しかけるのも怖い。でも、黙っていると逆に「壁」を作ってしまう気がして、悩んでいました。
そこで私は、初日にあらかじめ“自分の状態”を伝えるための会話メモを用意しました。
「久しぶりに戻ってきて、まだちょっと緊張してます。でも、できることから少しずつやっていこうと思ってます」
「皆さんに迷惑をかけてしまう場面もあるかもしれませんが、無理はせずに、自分のペースでがんばりますので、よろしくお願いします」
このように、完璧を目指すのではなく、“自分の今の状態”を素直に伝えることで、周囲の理解を得やすくなりました。
無理に明るくする必要も、すべてを説明する必要もありません。大事なのは、「頼ってもいい」というメッセージを自分から出すことでした。
上司とのやり取りで心がけたこと
上司との関係に不安を感じる方も多いと思います。私も復帰前には非常にナーバスになっていました。しかし、以下の3つのポイントを押さえたことで、円滑な関係を築けました。
① 「現在の状態」「できること・できないこと」を正直に伝える
「以前のようなスピードではまだ働けません。1日6時間くらいから始めさせていただけますか?」
② 「報告・相談」は早めに、丁寧に
「今日、少し頭が重く感じているので、集中力が長く続かないかもしれません」
③ 感謝をこまめに伝える
「時間の調整、ありがとうございます。とても助かります」
この3つだけで、関係がずいぶん変わりました。「できる範囲で誠実に伝える」ことは、信頼につながるのです。
同僚への一言が人間関係を柔らかくする
休職明けの最初の頃、私はこんな一言をよく使っていました。
「久しぶりの環境に少し緊張してるんですが、ゆっくり慣れていきたいと思っています。何か気になることがあったら教えてくださいね」
この一言には、「無理をしていない」「でもやる気はある」というニュアンスを込めました。
その結果、私に対して遠慮していた同僚も、「じゃあ、こんなときは声かけたほうがいいかな」と自然に関わってくれるようになりました。
復職後の精神的・肉体的ケアと働き方の工夫
仕事量の自己管理を覚える
回復期の大きな落とし穴は「頑張りすぎ」です。
私も復帰してしばらくの間は、周囲の期待に応えようとして無理をしてしまい、また体調を崩しかけました。
そこで学んだのが、「仕事量の自己管理」です。
具体的には…
1日のタスクを3つまでにする(ToDoリストを簡潔に)
15〜30分ごとに小休憩を取る(アラームで管理)
疲れが見えたらすぐ帰宅・早退する勇気を持つ
職場に迷惑をかけるかも…と思うかもしれませんが、倒れて長期的に休むより、“こまめに調整”するほうが、結果的に信頼につながると学びました。
自分なりの“回復スイッチ”を持つ
「回復スイッチ」という言葉を、私はある日ふと思いつきました。それは、うつ病からの回復期に、職場や日常生活の中で不意に襲ってくる感情の波や思考の混乱に、どう向き合えばいいのかを試行錯誤する中で見つけた、自分なりの対処法でした。特に、仕事中や人前では「今つらい」と声に出せないことが多く、気づかれないまま無理をしてしまうことも少なくありませんでした。だからこそ、誰にも気づかれず、けれど確実に自分を回復させる“スイッチ”を、私は持っておきたかったのです。
私が実際に取り入れているひとつの方法は、デスクにそっと置いた小さな観葉植物です。植物は、生きているだけで不思議とこちらの心を癒してくれる存在です。忙しい仕事の合間にその葉に目を向けると、「今、息してる?」と自分に問いかけるきっかけになります。それは深呼吸を思い出させてくれたり、ほんの少しだけでも「今」に意識を戻す手助けをしてくれました。
また、私は集中が切れたり、イライラや不安が高まってきたとき、トイレに立ってひと息つく習慣を作りました。人目を気にせずに静かに呼吸を整え、簡単なストレッチをすることで、思考のループから抜け出しやすくなりました。場所や時間にとらわれず、自分を再起動させるための“隠れスペース”として、トイレの数分間は私にとって大切なリセット時間になっています。
そしてもう一つ、私の“回復スイッチ”は音楽です。スマホの中に、自分の心が落ち着くプレイリストをいくつか入れておき、休憩中や移動中、必要なタイミングでイヤホンを装着します。クラシックや自然音、懐かしいメロディなど、その日の気分に合わせて選ぶようにしています。不思議なことに、音楽を耳にするだけで、頭の中の雑音がすっと静かになる瞬間があります。まるで、感情の嵐をそっと和らげてくれるかのようです。
こうした“回復スイッチ”は、何も特別なものである必要はありません。大事なのは、「今の自分を立て直すための小さな工夫を、自分で把握していること」です。そして、それを“日常の中に溶け込ませておくこと”です。どこかへ行かなければできない、特別な時間をとらなければできない、そういう手段では、追い詰められたときに間に合いません。だからこそ、仕事中でも、人と一緒にいるときでも、こっそり使える“スイッチ”を、自分の中にいくつか持っておくことが、とても大きな助けになるのです。
このスイッチは、誰かに教えてもらうものではなく、自分で見つけるものです。でも、きっとあなたにも、すでに無意識にやっている“小さな習慣”があるはずです。それが、あなたにとっての回復スイッチかもしれません。どうか、気づいたときにはそれを大切に育ててください。そして、少し疲れたとき、心が揺れそうなときには、そのスイッチをそっと押してみてください。あなたの心が、ほんの少しでも軽くなりますように。
家でのセルフケア習慣が、次の日を変える
家での時間というのは、表面的にはただの休憩のように見えて、実は心と体の回復にとって非常に重要な「土台」になっています。働き始めてから私は強く感じたのですが、仕事でどれだけ頑張ったとしても、家に帰ってからの過ごし方ひとつで、次の日の心の状態やエネルギーの質がまったく違ってくるのです。まるで、夜の過ごし方が翌朝の“感情の天気”を決めるかのような感覚です。
私が大切にしてきたのは、帰宅後の時間を「自分をいたわることに集中する時間」として再定義することでした。かつての私は、仕事帰りにスーパーに寄って余計な買い物をしたり、家に帰ってすぐスマホでSNSをチェックしたりと、無意識のうちに脳と体をさらに疲れさせるような過ごし方をしていました。でもある日、「帰宅後くらい、自分を労わる時間にしてもいいんじゃないか」と思ったのです。
それからは、仕事が終わったらできるだけまっすぐ家に帰り、夕方以降は“完全オフ”の時間にするように心がけました。スマホの通知を切り、部屋の明かりを少し落とし、音楽を静かに流すだけで、まるで別世界にスイッチが切り替わるような安らぎが訪れました。特に効果があったのは、入浴の時間でした。湯船に浸かる時間は、単に体を温めるだけでなく、心を“静かな場所”へと戻すための大切なリチュアルになりました。
私は湯船に浸かりながら、自分にこう問いかけるようにしていました。「今日はどんなこと、頑張ったかな?」そして心の中で、どんなに些細なことでも「今日は朝ちゃんと起きた」「会社で挨拶できた」「疲れていても洗濯機を回した」と、ひとつひとつ自分の行動を認めていきました。声に出すと、まるで誰かに褒めてもらったような温かさがじんわりと胸に広がっていきます。
この時間は、ただのリラックスタイムではありませんでした。それは、日々の中で削られがちな自己肯定感を取り戻す、小さな“自分との再会の時間”だったのです。日中、職場や社会の中で感じたストレスや自己否定を、夜のこの穏やかな時間が静かに洗い流してくれる。まさに、家でのセルフケア習慣は、心の深呼吸そのものでした。
そしてこの習慣は、翌朝の私に確実に良い影響を与えました。目覚めたときに、「また今日もがんばらなきゃ」と思うのではなく、「昨日の私が、今日の私のために準備してくれていた」という安心感が生まれるのです。これは、とても心強い感覚です。
だからこそ、あなたにも伝えたいのです。どれだけ忙しくても、どれだけ疲れていても、たった10分でもいいから、夜に「自分のためだけの時間」を持ってください。それは贅沢ではなく、次の日を穏やかに迎えるための大切な準備です。家でのセルフケアは、未来の自分への贈り物なのです。
経済的な自立を支えた工夫と、新しい働き方の可能性
収入の不安は“ステップ的に解決する”考え方
収入の不安というのは、うつ病から回復したあとに直面する大きな課題のひとつです。たとえ気持ちが少しずつ上向いてきたとしても、現実の生活は待ってくれません。電気代、家賃、食費、交通費――目の前にある数字がじわじわと心を圧迫してくるような、そんな感覚に私は何度も襲われました。
私は回復期に入り、少しずつ働けるようになったものの、最初は時短勤務で収入も少なく、貯金を切り崩す生活が続いていました。焦りはありましたが、同時に「焦って動いて再発したら意味がない」とも思っていました。だからこそ、私は収入の問題を“ステップ的に解決する”という考え方に切り替えるようにしたのです。
最初に手をつけたのは、日々の支出でした。中でも効果が大きかったのが、固定費の見直しです。毎月必ず出ていくお金こそ、調整のしがいがあります。スマートフォンのプランを最安の格安SIMに変更し、使っていなかったサブスクリプションサービスをすべて解約。これだけでも、月に一万円以上の節約ができました。精神的にも、「自分で状況を変えられるんだ」という感覚が、回復に向けての手ごたえとなりました。
次に行ったのは、公的支援の調査と申請です。自立支援医療制度や、傷病手当金、障害年金といった制度は、条件が合えば大きな助けになります。私も最初は「自分には関係ない」「なんとなく申し訳ない」という気持ちがありました。でも、制度は“必要な人のために存在するもの”です。それに、これまで社会に貢献してきた自分が、回復のために一時的に受け取るサポートなのだと考えるようにして、思い切って申請してみました。実際に受給が決まったときは、「社会に見放されていない」という安心感で涙が出たのを覚えています。
さらに、少しずつですが副業にも取り組みました。いきなり大きく稼ごうとはせず、自分の体力や集中力に合わせてできる範囲で始めました。たとえば、自宅でできるライティングやアンケートモニターなど、簡単なものからスタートしました。小さな金額でも、「自分の力で得た収入」という事実が、想像以上に自信を与えてくれました。そしてそれは、再び社会とつながっているという実感にもつながっていったのです。
重要なのは、「すぐに全部解決しようとしないこと」だと思います。うつ病からの回復は体調や気分の波があるからこそ、経済的な課題も一つずつ段階的に取り組んでいくのが理想的です。私自身、「今できることを今日やる。それだけでいい」と自分に言い聞かせてきました。その積み重ねが、少しずつ不安を減らし、希望に変えていったのです。
もし、今あなたが経済的な不安に押しつぶされそうになっていたら、どうか思い出してほしいのです。不安は一気にゼロにはできないけれど、一つひとつ確実に手をつければ、必ず変化は起こせます。小さな行動は、たとえ今すぐお金にはならなくても、あなたの「前に進む力」として、確かに機能していきます。その積み重ねが、やがて明るい未来の礎になっていくはずです。
副業・フリーランスという「新しい選択肢」
私はうつ病から回復したあと、これまでとはまったく異なる働き方を模索するようになりました。それは、再び体調を崩さないようにするためでもあり、自分らしい働き方を見つけたいという、内側からの願いでもありました。そんなとき出会ったのが「副業」や「フリーランス」という、新しい選択肢でした。
当時の私は、フルタイムの勤務に戻るにはまだ体力的にも精神的にも不安が残っていて、正社員として働くことに強いプレッシャーを感じていました。でも同時に、「少しずつでも、自分の力で何かを生み出したい」という気持ちも湧き上がってきていたのです。その結果、私は在宅でできるWebライティングからスタートしました。特別なスキルも経験もなかったので、本当にゼロからの挑戦でしたが、「文章を書くのが好き」という小さな動機を頼りに、パソコンに向かうことから始めたのです。
最初は1記事書いて数百円の世界でした。でも、ひとつ仕事を終えるたびに、「誰かの役に立てた」「やり遂げられた」という手応えがありました。その達成感は、会社員時代には感じたことのない種類のものでした。何よりも、自分の体調や気分に合わせて、時間や働くペースを調整できることが、心と体の両方にとって大きな安心材料になりました。
副業やフリーランスの魅力は、ただ収入を得る手段としてだけではなく、「自己肯定感を少しずつ取り戻す場」としても機能する点にあります。自分が過去に経験したこと、好きなこと、得意だったこと――それらを小さな形にして、必要としてくれる誰かに届けられるという実感は、病後の自分にとって本当に貴重なものでした。たとえば私は、自分がうつを経験したからこそわかる心のしんどさについての記事を依頼されることもあり、そのとき初めて「この経験も無駄じゃなかった」と感じられたのです。
やがて、Webライティングに加えて、SNSの投稿代行や運用、オンラインでの講座作成やコンテンツ販売にも少しずつチャレンジしていきました。もちろん、すべてが順調だったわけではありません。体調が安定せず納期に間に合わなかったこともありますし、クライアントとのやりとりに気を揉んでしまったこともあります。でも、そうした失敗も含めて、「自分のペースで仕事ができる環境」があったからこそ、続けることができました。
半年ほど経った頃には、月に1〜2万円の収入が得られるようになっていました。その金額自体が大きいというわけではありません。でも、「会社以外にもう一つ自分を支えてくれる場所がある」という感覚は、精神的にとても大きな支えになりました。たとえ収入が不安定であっても、そこに「自分で選んで動いた結果」があるということが、回復後の私にはなによりの励ましだったのです。
副業やフリーランスという選択肢は、すべての人にとって簡単な道ではないかもしれません。しかし、「体調や気分に合わせながら、自分に合った働き方を模索したい」「無理せず、自分の力を生かせる場がほしい」と感じている人にとっては、とても希望のある選択肢だと私は思います。
もし今、あなたが働き方に迷っているのなら、まずはほんの小さな一歩から始めてみてください。それはきっと、「回復した先の未来」を、自分の手で少しずつ形にしていくことにつながっていくはずです。
「働くこと=自分をすり減らすこと」ではない
うつ病になる前の私は、働くということに対して強い思い込みを持っていました。それは、「成果を出さなければ価値がない」「誰よりも頑張らなければ認められない」「多少しんどくても我慢して働くのが当たり前」というような、自分に厳しく、余白のない考え方でした。今思えば、その思考こそが、少しずつ心と身体をすり減らし、気づかぬうちに限界を越えてしまった一因だったのだと思います。
けれど、うつ病を経験してからは、働くことの意味が少しずつ変わっていきました。回復の途中、私は何度も「もう二度と働けないかもしれない」と感じました。それくらい、以前のような働き方を再びすることに恐怖があったのです。だからこそ、私は立ち止まり、問い直しました。自分にとって、「働く」とは一体どういうことなのか、と。
その中で見えてきたのは、働くことは本来、「自分らしさを社会とやわらかくつなぐ手段」でもあるということです。誰かのために何かをする、自分ができることを少しずつ差し出す。その積み重ねが“仕事”であり、その行為を通じて人と関わり、自己肯定感を取り戻すことができるのだと気づいたのです。
だから私は今、仕事を選ぶときに「自分をすり減らさない働き方」を一番に考えるようにしています。それは、必ずしも仕事量を減らすという意味ではなく、自分の体調や気分、エネルギーに応じて働き方そのものを柔軟に整えていくという意味です。たとえば、朝が弱い私は、午前の予定を無理に詰め込まず、午後から始めるタスクを優先するようにしています。集中力が続かない日は、細かく休憩を挟みながら働くこともあります。
このように、「働くこと」に対する考え方を変え、自分なりのペースを守ることが、結果として心身の安定につながっていると実感しています。働くことにやりがいを感じながらも、それが「無理の積み重ね」ではなく「穏やかな自己表現」になっている。そんな状態を少しずつ築けていることが、今の私にとっての大きな希望です。
社会復帰とは、単に職場に戻ることでも、以前の働き方に戻ることでもありません。本当の意味での社会復帰とは、「自分を壊さず、自分を守りながら、社会と関わっていく術を手に入れること」だと、私は思います。
もしあなたが今、「働くこと」に対して不安や抵抗を感じているのだとしたら、それはとても自然なことです。大切なのは、その不安を否定せず、少しずつ、自分に合った方法で働き方を見つけていくことです。働くことは、本来、苦しみや犠牲ではなく、あなたらしさを生かしながら生きる手段であっていい。そんなふうに働ける日々を、あなたにも見つけてほしいと心から願っています。
あなたが“自分の手で人生を取り戻す”その日まで
あなたが“自分の手で人生を取り戻す”その日まで――この言葉には、私がこの道のりで何度も自分に言い聞かせてきた思いが込められています。
うつ病を経ての社会復帰や人生の再構築は、簡単なことではありません。復職の前には、「また元に戻ってしまうのではないか」「ちゃんとやっていけるのだろうか」といった不安が押し寄せますし、いざ復帰してみても、思うように動けない日や、周囲との温度差に苦しむ日もあります。そんなとき、私も何度も「やっぱり無理かもしれない」と立ち止まりそうになりました。
でも、どうか知っていてください。あなたが今感じているその不安も迷いも、決して間違いではありません。それらはすべて、あなたが「自分を大切にしながら生きていきたい」と心から願っている証拠です。
復職や社会復帰とは、「以前と同じように働けるようになること」ではなく、「新しい自分を理解し、守りながら、自分に合った働き方を模索していくこと」だと私は考えています。うつ病を経験したあなたは、ただ元に戻るのではなく、そこから何かを学び、変化し、より自分らしい人生を選び取っていく力を持っているのです。
たとえ今がまだ模索の途中でも、少しずつ、あなたのペースで道を歩んでください。一歩進んで二歩下がる日があってもかまいません。小さな前進も、迷いながらの選択も、すべてはあなたの人生を取り戻していく大切なプロセスです。
大切なのは、「無理をしないこと」と「でも、あきらめないこと」です。そして何より、自分自身にやさしくあり続けること。うまくできない日があっても、それは当然のことであり、あなたの価値とは無関係です。
人生にはまだまだ、あなたの知らない温かな景色が広がっています。その景色に出会うためには、今のあなたのままでいい。ただ少しずつ、今できることを、あなた自身の足で選び、歩んでいけばいいのです。
私は、あなたがその日を迎えられることを、心から願っています。自分の人生を、もう一度“自分の手”で取り戻していくその日まで、どうかあきらめずに、自分の味方でいてください。あなたにはそれができる力があります。私もその力を、信じています。
第5章 人間関係の再構築とコミュニティへの参加 孤独を抱えずに、穏やかで温かなつながりを育てるために
回復のあとにやってきた「孤独」という新たな壁
うつ病からの回復を迎えたとき、私は確かに身体も心も以前より楽になっていました。食欲も戻り、朝の目覚めも少しずつ安定し、笑える瞬間も増えていました。
けれど、ある日ふと気づいたのです。
「私、今とても孤独だ」と。
回復までは、家族や支援者が近くにいました。病気と向き合うことが最優先だったから、人間関係に目を向ける余裕はありませんでした。でも、体調が落ち着き、社会復帰の一歩を踏み出したとき、気づいたのです。
「友達と呼べる人が、誰もいない」
それは予想していなかった衝撃でした。
なぜかというと、うつ病を患う中で、私は人間関係をかなり削ってしまっていたからです。誘いを断るうちに、友人からの連絡は来なくなり、SNSも見るのが辛くてやめてしまっていました。唯一つながっていたのは医師とカウンセラー、そして時々話す家族だけ。
でも、体調が戻ってきた今、孤独は新たなストレスになりうると痛感しました。
うつ病の再発リスクの大きな要因の一つが「孤独」だと言われています。誰にも本音を言えない、頼れない、共有できない――その状態が続くと、心はまた少しずつ暗い方へ引っ張られてしまいます。
この章では、私が実際に経験した「孤独からの回復」そして「新しい人間関係の築き方」「コミュニティとの再接続」の道のりを、具体的なステップと実例を交えて詳しくご紹介していきます。
回復後に必要な“新しい”人間関係の構築法
「元の関係性に戻す」ではなく、「これからの自分に合った関係をつくる」
うつ病を経験したあと、人間関係について大きく考え直すことになったという方は少なくありません。私もそのひとりでした。病気になる前は、ごく自然に接していた人間関係が、回復期になるとどこかしっくりこなくなる。そんな経験を重ねながら、私は「以前の関係に戻ること」よりも、「これからの自分に合った関係を築くこと」が大切だと実感しました。
まず覚えておいてほしいのは、うつ病を通してあなた自身が大きく変わったということ。考え方、感じ方、体力、優先順位――そのすべてが少しずつ変化しています。それは決して悪いことではなく、むしろ自然なことです。そして、その変化に合わせて人間関係も変わるのは当然の流れです。
私も回復期に、昔の友人に連絡を取ってみたことが何度かありました。再会は嬉しくもありましたが、どこか無理をしてしまっていた自分にも気づいたのです。話題が続かなかったり、気遣いすぎて疲れてしまったり、相手の期待に応えなきゃと思って空回りしたり。かつてのように笑い合うことができなくなった現実に、少しだけ寂しさを感じたこともありました。
でもそれと同時に、「もう、以前のように戻る必要はないのかもしれない」とも思いました。うつ病を経て、私はもっと丁寧に人と関わりたいと思うようになっていました。相手の表情を読み取ることではなく、自分の本音を少しずつ伝えていくこと。予定に合わせることよりも、自分の心と身体の余裕を優先すること。そうした「新しい関係性の形」を、これからは築いていけばいいのだと気づいたのです。
人間関係は、いつも変化していくものです。ずっと続く関係もあれば、自然と距離ができて終わっていく関係もあります。そして、新しい環境の中で、新しい出会いもまた少しずつ生まれていきます。大切なのは、「自分に正直な状態で人と関われるかどうか」。そこに無理がないか、自分を押し殺していないかを、心の声で確かめながら人と接してみてください。
「前の自分に戻ること」を目指すのではなく、「今の自分に合った関係を育てる」。その意識を持つだけで、人との関わりはぐっとラクになりますし、何より“自分を大切にしたまま人とつながる”という感覚が得られるようになります。
あなたの変化は、あなたの弱さではなく、あなたの成長です。そしてその成長に寄り添ってくれる関係こそ、これからのあなたにとって本当に大切にできる人間関係です。だからこそ、焦らず、無理せず、新しいつながりをゆっくりと見つけていってください。きっとあなたに合った、温かな関係がまた生まれていくはずです。
新しい出会いを作るための3つのステップ
うつ病から少しずつ回復してきたとき、多くの人が感じる壁のひとつが「新しい人間関係をどう築けばいいのか」という不安です。私もその一人でした。心のエネルギーがまだ回復しきっていない時期に、誰かと関わるのはとても勇気がいります。だからこそ、焦らずに、自分に合ったペースで、少しずつ「人とつながる練習」をしていくことが大切だと私は思っています。
私が実際に取り組んでみて、無理なく続けられたのは、自分の心が「怖くない」と感じられる範囲での関わり方でした。たとえば最初に意識したのは、「話す内容をあらかじめ決めておく」ということです。いきなり深い話をする必要はなく、自分が安心して話せるテーマを持っておくことで、会話に対する緊張がぐっと減りました。たとえば、最近観た映画の話や、よく行くカフェのこと、散歩中に見つけた面白い風景など、日常のちょっとした話題から始めてみるのです。話題を選ぶというよりは、「自分が話していて安心できる」感覚を基準にすると、自然体で話すことができるようになります。
そして、次のステップとして私が意識したのが、「一人でも行ける場所に行ってみる」ということでした。これは少し勇気がいる行動でしたが、行ってみると、意外にも孤独を感じることは少なく、むしろ「一人で来ている人同士の安心感」のようなものがありました。たとえば地元の読書会や、市民センターで開かれている絵画教室、NPO主催のカフェイベントなどは、参加することそのものが目的になっているので、無理に誰かと話さなければならないという空気が少ないのです。そこに居るだけで、「人とつながる」という目標をほんの少しずつ達成しているような感覚が得られました。
また、最も大切にしたのは「話すこと」よりも「聞くこと」でした。自分のことをうまく話せなくても大丈夫。ただ、相手の話を興味をもって聞く。それだけで、その場の空気がやわらぎます。人との関係性は、話し上手であるよりも、聞き上手であることで深まりやすいということに、私はこの時期に初めて気づきました。誰かの話に「そうなんですね」とうなずいたり、「それ、いいですね」と自然に返したりするだけで、相手との間に小さな信頼が生まれます。私が再び人とつながるようになったきっかけは、いつもこうした「聞くこと」から始まりました。
人との新しい関係を築くには、無理をしないこと、自分の安心を第一にすること、そして「関わろうとしている自分自身」を肯定してあげることが大切です。うつ病を経て変化したあなたに合った人間関係は、これから少しずつ、確実に育っていきます。急がなくていいし、全員と仲良くなる必要もありません。ただ、自分のペースで、「安心できる誰か」と出会うために、ほんの少しずつ歩み出してみてください。あなたの歩幅に合った出会いは、必ずどこかで待っています。
サポートグループやオンラインコミュニティを利用する方法
オフラインの支援グループとの出会い方
私がうつ病から少しずつ回復してきた頃、何よりも強く感じていたのは「誰かと繋がりたいけれど、無理はしたくない」という矛盾した気持ちでした。誰かと話すことで救われるかもしれない、でも、初対面の人に心を開くのは怖い。そんなときに出会ったのが、オフラインの支援グループでした。きっかけはとてもささやかで、地元の保健所が配布していた広報誌の片隅に載っていた「こころの健康づくり講座」という案内を目にしたことでした。
最初は参加することにかなりの勇気が必要でした。「うまく話せなかったらどうしよう」「場違いだったら嫌だな」と不安だらけでした。でも、実際に足を運んでみると、そこには同じような思いを抱えている人たちがいて、無理に話さなくてもよい、ただ座って聞いているだけでもよいという雰囲気がありました。その空気に、私はすぐに安心感を覚えました。
こうした支援グループには様々なタイプがあります。例えば、うつ病や不安障害などを経験した人たちが集まり、日々の気持ちや体験を語り合う「当事者会」。また、認知行動療法の一部をみんなで実践するワークショップ形式の集まりや、メンタルヘルスに理解のある市民団体が開いている趣味のサークルなどもあります。どのタイプも、「病気のことを語る場所」というよりは、「自分自身をゆるやかに回復させる場」という印象でした。
私が参加した場では、診断名をわざわざ告白する必要もなく、自己紹介すら強制されないところもありました。ただ居るだけでもいい、話したければ話してもいい、そんな自由な空気が漂っていたのです。話すことでスッキリする人もいれば、他人の話を聞いて「自分だけじゃない」と思えることで救われる人もいます。私はその両方の効果を、少しずつ実感するようになりました。
何よりも印象的だったのは、「同じような経験をした人がいる」という事実そのものが、私の心に深い安堵をもたらしてくれたことです。自分が抱えているものが“異常”ではなく、“共通の苦しみ”であると気づけたことで、少しずつ心がほぐれていきました。
オフラインの支援グループは、専門的な治療とはまた違ったかたちで、回復を支えてくれる場所です。そこでは、他人の前で“元気なふり”をしなくていいし、“弱い自分”を隠す必要もありません。あの場にいたとき、私は「ありのままでいていい」と、人生で初めて思えた気がします。
もし今、あなたが少しでも「人と繋がりたい」「誰かに話を聞いてもらいたい」と思っているなら、無理のない範囲で、地元の保健所や市民センターの案内をのぞいてみてください。地域によっては「メンタルヘルスのつどい」「こころのカフェ」「リカバリーサロン」など、さまざまな名前で支援グループが存在しています。
大切なのは、「行ってみようかな」と思ったその気持ちを、どうか否定せずにいてほしいということです。たとえ参加して、何も話せなかったとしても、それは大きな一歩です。支援グループは、回復のゴールではなく、“回復のプロセス”を一緒に歩むための場所。その場にあなたがいるだけで、もう充分なのです。
オンラインコミュニティのすすめ
私が回復の途中で強く感じたのは、「誰かと繋がっていたいけれど、直接会ったり話したりするのはまだしんどい」というジレンマでした。人と関わりたい。でも、実際に対面で話すのは緊張する。そんな時に出会ったのが、オンラインコミュニティという存在でした。これは、私にとってまさに“心の避難場所”のようなものでした。
対面では言いづらいことも、画面越しだからこそ素直に言える。匿名だからこそ打ち明けられることがある。そうした空気の中で、私は少しずつ言葉を取り戻していきました。最初は誰かの発信を読むだけ。それだけでも、なぜか心が落ち着くのです。「自分だけじゃない」「同じように悩んでいる人がいる」という事実に、何度も救われました。
たとえば、SNSでは「うつ病から回復中のアカウント」「心の不調に寄り添う発信」など、同じテーマを持った人たちが日々の感情や小さな出来事を共有しています。その言葉が、まるで誰かがそっと背中を撫でてくれているように感じられることがあります。コメントしなくても、ただ読むだけで、少し元気になれるのです。
Zoomなどを使った少人数制のオンライン自助会にも参加してみました。最初は緊張して、カメラもオフのままで、ただ音声を聞いているだけ。でも「聞くだけ参加も歓迎ですよ」と言ってもらえたことで、気持ちがとても楽になりました。やがて少しずつ、短く自己紹介をしたり、「自分もそんなことあったな」と話せるようになりました。そこには評価も批判もなく、ただ話を聞き合い、共感し合う時間がありました。
また、noteやはてなブログのような、日記的に思いを綴れるSNSも心の支えになりました。自分の気持ちを言葉にして投稿したとき、思いがけず「わかるよ」とコメントをもらったこともありました。それだけで、自分の存在が誰かに届いた気がして、孤独感がほんの少し溶けたのを覚えています。
メンタルヘルスを扱うYouTubeチャンネルのコメント欄も、小さなコミュニティのような場所でした。顔が見えないからこそ正直になれる、優しさが多く残っている空間。自分がその場で発信をしなくても、誰かのコメントに「うん、わかるな」とうなずくだけで、心が軽くなるのです。
オンラインの良さは何より、「自分のタイミングで、好きな関わり方ができる」ことにあります。疲れたときは離れてもいい。元気なときに、少し話してみる。そういう“自由なつながり”が、うつ病からの回復において、とても大切な支えになると私は感じています。
今、もしあなたが人との関わりに不安を感じているなら、無理に対面での関係を築こうとしなくても大丈夫です。まずは自分に合った、居心地の良いオンラインの場所を探してみてください。大勢の中に入る必要はありません。たったひとつのやさしい言葉に出会えるだけで、回復の速度は少しずつ変わっていくのです。
そして何より、「繋がりたいと思ったその気持ち」が、あなたが少しずつ回復に向かっている証拠です。あなたは今、一歩を踏み出しています。その一歩が、あなたにとって安心できる場所へとつながっていきますように。
安心できるコミュニティを選ぶ3つの視点
安心できるコミュニティを見つけることは、うつ病の回復や再発予防にとって、とても大切な要素です。しかし、そのコミュニティが「安心の場」になるかどうかは、選ぶ際の視点によって大きく左右されます。ただ人が集まっている場所ならどこでも良いというわけではなく、そこにどんな空気が流れているか、自分にとって無理のない環境かどうかが何より大切になります。
私自身がいくつかのグループを経験して感じたのは、まず「評価されない空気があること」の重要性です。自分の気持ちや体験をシェアしたときに、それに対して「それは甘えだよ」「もっと頑張らなきゃ」といった意見が返ってくると、心が一気に縮こまってしまいます。回復途中の繊細な時期には、とくにこのようなジャッジのない場所を選ぶことが、心の安全を守るうえでとても大切です。
また、参加のしかたに自由度があることも大事なポイントです。すべての人が積極的に発言できるとは限りませんし、最初はただ誰かの話を聞いていたい、という時期もあります。そうした「聞くだけの参加」も歓迎される場であるかどうか、自分が受け身でいても罪悪感を覚えない雰囲気があるかどうかは、長く関わっていくうえで非常に重要です。私も、最初は何も話せずにただ聞くだけの日が続きました。でも、誰もそれを責めず、自然に受け入れてくれる空気があったからこそ、徐々に心が開いていったのです。
さらに、人数やテーマの範囲にも注目すると良いでしょう。人数が多すぎると、それだけで圧倒されてしまい、自分の存在が埋もれてしまう感覚に陥ることがあります。また、テーマが漠然としていると、会話の方向性が合わなかったり、気を使いすぎて疲れてしまうこともあるかもしれません。私が居心地よく感じたのは、参加者が5〜6人程度で、テーマが「回復後の働き方」や「感情のセルフケア」などに絞られているグループでした。共通の関心があるからこそ話題にも入りやすく、自分の経験も安心してシェアできました。
このように、安心できるコミュニティを選ぶ際には、「ジャッジがないこと」「聞くだけ参加もOKであること」「人数やテーマが適度に絞られていること」の3点が大きなヒントになります。そして何より、「その場にいて、自分の心が落ち着くかどうか」。その感覚こそが、あなたにとっての最良のコミュニティを見つける最も確かな道しるべなのだと思います。焦らず、少しずつ、自分に合う場所を探していってください。きっと、あなたが安心できる場所は、どこかにあります。
著者が参加して良かったコミュニティ活動の紹介
図書館主催の読書シェア会
本が好きだった私は、地元の図書館で開かれていた「読んだ本を5分で紹介する会」に思い切って参加しました。
参加者は少人数で、発言は自由。聞くだけでもOK。
最初は一言も話せませんでしたが、2回目、3回目と通ううちに、「また会いましたね」と声をかけてくれる人が増えていきました。本という共通テーマがあるだけで、安心感が段違いでした。
メンタルヘルス系YouTube配信のライブチャット
私はある配信者の動画を寝る前に聞くのが日課でした。チャット欄に書き込むことはなくても、同じような悩みを抱えた人たちが集い、互いに「おつかれさま」「ゆっくり休んでね」とやさしく言葉をかけ合う空間に、深い癒しを感じていました。
あるとき、思い切ってコメントを投稿したとき、配信者が優しく読んでくれて、「ここにも自分の居場所がある」と実感しました。
手芸ワークショップのボランティア活動
少し元気になってから、地域のNPOが主催する「障がいのある方と一緒に行う手芸教室」のサポーターを月1回だけ引き受けました。
最初は不安でしたが、作業に集中する中で、言葉を交わさずとも、静かにつながれる心地よさを体験できました。
その活動は「助ける」「支援する」という意識ではなく、「一緒に楽しむ」「共に過ごす」という自然な交流が生まれる場で、今も月に一度の“心のリセット”として続けています。
人とのつながりは、あなたを生かし、守ってくれる
うつ病を経験すると、人間関係が怖くなります。
自分を責めすぎたり、迷惑をかけたと感じたり、理解されなかった悲しみもあるかもしれません。
でも、だからこそ、「新しいつながり」は回復の後半戦において非常に大切な要素になります。
ここでいうつながりとは、派手な交友関係や社交性のことではありません。
ただ挨拶を交わせる人がいる
コメントに優しく返信してくれる誰かがいる
同じ本を読んで「わかる」と共感してくれる人がいる
その小さなつながりの積み重ねが、あなたを再発から遠ざけ、安心して生きていく力を育んでくれるのです。
「今からでも遅くない」
「もう一度、自分の世界を広げてみたい」
そう思えたときこそが、再スタートの合図です。
この章が、あなたが再び人とつながり、孤独から一歩ずつ自由になるための手がかりとなれば嬉しいです。次の一歩を、無理なくあなたらしく踏み出してください。あなたにはその力が、きっとあるから。
第6章 再発予防のための自己分析・セルフケア習慣 「自分を理解し、自分を守る」力を育てる日々の実践ガイド
本当の回復は「自分を知ること」から始まる
うつ病からの回復期に入った頃、私はある恐れに悩まされていました。
それは「またあの日々に戻るのではないか」という、再発への強い不安でした。
一見元気になったように見えても、ちょっとした不調や不安に揺れる心を感じるたびに、「また落ちていくのではないか」と怖くなる。そんな状態がしばらく続いていたのです。
そんな私を救ってくれたのが、「自分をよく知ること」、つまり自己分析でした。
感情の動きに敏感になり、自分の体調のサインを見逃さず、心の傾きに気づく力をつけることで、私は徐々に「自分で自分をケアできる」ようになっていきました。
この章では、再発予防にとって極めて大切な「自己理解」と「セルフケア」の具体的な方法、そしてそれを無理なく継続するためのコツを、私自身の体験を交えてご紹介します。
自己理解と自己分析の具体的な方法
うつ病という病気は、外からは見えにくいからこそ、「自分でも気づきにくい」ことがたくさんあります。自分が何を感じているのか、どこで無理をしているのか、どこまでが限界なのか――それを知らないままでいると、気づいたときにはもう限界を越えていることがあるのです。
だからこそ、日々の「自己観察」こそが再発予防の要になります。
私が実践して効果を実感した、3つの方法を紹介します。
① ジャーナリング(思考と感情の記録)
ジャーナリングとは、「今感じていること」「考えていること」をただ書き出すシンプルな習慣です。
ポイントは「評価しないこと」。良い・悪いを判断せず、「感じたまま」を書くことです。
実際の記録例:
・今日、○○さんの言葉に少し傷ついた気がした。
・自分の中に「役に立てていない」という不安があったのかも。
・でも夕方には散歩して少し楽になった。
これを続けていくうちに、「自分がどういうときに気分が下がりやすいのか」「何をすると持ち直すのか」がパターンとして見えてきました。
私の場合、「予定が詰まりすぎる日」は必ず翌日気分が落ちるという傾向があり、それに気づけたことで予定の組み方を見直すようになりました。
② 感情記録シート(数値化で客観的に見る)
感情はとても主観的なものなので、自分の状態を正確に把握するのは意外と難しいものです。特にうつ病の回復期では、「なんだかよく分からないけど調子が悪い」「理由もないのに涙が出る」といった曖昧な感覚に戸惑うことがよくあります。そんなときに役立つのが、感情を“数値”で記録する方法です。これが「感情記録シート」です。
このシートは、自分の気分を朝・昼・夜の3つに分けて、それぞれ1〜10の数値で記録するというとてもシンプルな形式になっています。加えて、その日の出来事や気づいたこと、体調の変化なども一言で書き添えることで、後から振り返ったときに感情の変化と日常の出来事の関係がより明確に見えてきます。
感情というのは、頭の中だけで考えているとどうしても“今の気分”に引っ張られやすくなります。たとえば、一日中なんとなくしんどいと思っていたけれど、よく記録を見てみると「午前中は比較的元気だった」「お昼を過ぎたあたりから疲れが出てきていた」など、具体的な傾向がつかめることがあります。
また、感情の波と出来事の関係も一目瞭然になります。「外出した日は気分が上がりやすい」「天気が悪いとやっぱり落ち込みがち」「音楽を聴いた日には安定している」など、自分にとって“気分を整えてくれるきっかけ”が見つかるかもしれません。こうした気づきは、再発予防にも非常に役立ちます。
さらに、何日か続けて記録をつけていくと、「この日だけ極端に気分が落ち込んでいるのはなぜだろう?」と振り返ることができます。もし特別な出来事があったのなら、それが引き金になった可能性がありますし、逆に「理由は特にないのに落ちている」ことが続く場合は、体調やホルモンバランスなど身体的な要因が影響しているかもしれません。
このように、感情を可視化することで、漠然とした「なんとなく不調」が、少しずつ解像度の高い“自分の状態”として捉えられるようになってきます。これは自己理解を深めるうえでも非常に大きな助けになります。
以下の表のように、記録はシンプルなもので構いません。完璧に埋める必要もなく、空欄があっても大丈夫です。大切なのは、「自分の感情を丁寧に見つめる」という姿勢を習慣にすることです。
日付 | 朝の気分(1〜10) | 昼の気分 | 夜の気分 | 主な出来事 | 備考 |
---|---|---|---|---|---|
4/1 | 4 | 6 | 5 | 散歩した | 少し疲れた |
4/2 | 7 | 8 | 7 | 好きな音楽を聴いた | 良い日 |
このように、数字と短いコメントを組み合わせて記録していくことで、自分自身を客観的に見つめる力が養われていきます。それは、決して感情を抑え込むためではなく、「私は今こんな気分なんだな」と受け止める準備を整えるためです。
そして、振り返ったときに「思ったより安定していた」「実はこの習慣が気分を支えてくれていた」などの気づきが生まれると、それだけで小さな安心感や、自分への信頼が育っていきます。
感情は日々変わるものです。でも、その変化の中に「自分らしさ」や「回復の兆し」は必ず潜んでいます。感情記録シートは、それを静かに照らしてくれる小さな灯のような存在です。無理のない範囲で、ぜひあなた自身のペースで取り入れてみてください。きっと思っている以上に、自分の心と穏やかに対話できるようになっていくはずです。
③ 週次レビュー(1週間を振り返る)
週に一度、自分だけのために静かな時間を取るというのは、思っている以上に大きな意味を持ちます。慌ただしい日々の中で、私たちはつい、ただ「やるべきことをこなす」だけになってしまいがちです。気づけば一週間が終わり、「今週、自分は何を感じて、何を大切にしたのだろう?」という問いを立てる暇もなく、次の週が始まってしまう。そんな“流される日々”のなかで、私が出会ったのが「週次レビュー」という習慣でした。
週次レビューとは、週末などの落ち着ける時間に、その週の出来事や感情、考えたことを振り返る行為です。最初は日記のような感覚で始めました。ノートを開き、その週に起きたこと、うれしかったこと、しんどかった場面、心が動いた出来事などを自由に書き出していきました。そして、「そのとき、自分はどう感じたか?どう対処したか?それは自分にとってよかった方法だったか?」と、自分の内側に問いかけてみるのです。
最も大切にしたのは、自分を責めるのではなく、肯定的に振り返るという姿勢です。「今週はうまくいかなかったな」と思う週でも、「それでもよく頑張った」「ここはちゃんと踏ん張れた」と、自分に対してねぎらいの言葉をかけるように意識しました。これはまさに、自分との対話です。誰かに報告するためではなく、自分が自分を知るための時間。そう考えると、週次レビューの時間がどんどん大切に思えてきました。
心がざわついた場面を振り返ることも、とても意味がありました。たとえば、ある一言に強く傷ついたとき、その場面を再現しながら、「なぜあれほど動揺したのか?」と丁寧にたどっていくことで、自分の価値観や心の傷、思い込みに気づくことができたのです。これは感情の整理にもつながり、似たような場面に再び出くわしたときに、少し冷静に対処できるようになりました。
そして週の終わりには、「来週、自分はどんなふうに過ごしたいか?」を静かに考えます。それは大げさな目標でなくてもかまいません。「少しだけ自分を甘やかしてあげよう」「もう少し眠る時間を大切にしよう」「誰かに優しい言葉をかけてみよう」といった、小さな希望でいいのです。そうすることで、ただなんとなく過ごす一週間ではなく、“自分で選んだ方向へ進む一週間”が始まるような感覚になります。
この週次レビューを習慣にすることで、私は「ただ時間が過ぎていく」という感覚から抜け出すことができました。1週間という小さな単位の中に、自分の歩みや変化、感情の流れを見つけ出すことができるようになったのです。
そして何より、たとえ何か失敗しても、「次の週に持ち越して整えればいい」と思えるようになり、自分に対する柔らかさや余裕が生まれました。完璧を目指すのではなく、少しずつでも前に進もうとする姿勢を大切にする。週次レビューは、そんな生き方の支えになってくれたのです。
忙しい日々の中でも、ほんの10分でいい。ノートとペンを用意して、静かに自分の内側を見つめる時間を持ってみてください。それだけで、あなたの1週間が、ただの「過ぎ去った時間」ではなく、「意味のある歩み」へと変わっていくはずです。
著者が実践したセルフケアの習慣
自己分析とセットで必要なのが、「自分を労わるセルフケア」です。これは、心身のエネルギーをリセットし、自律神経を整えるための“毎日の小さな習慣”です。
私が実際に取り入れてきたセルフケアを、以下に紹介します。
① 呼吸法(脳と心を整える最もシンプルな方法)
心がざわついたとき、呼吸はいつも助けてくれました。
私が習慣にしているのは、「4-7-8呼吸法」と呼ばれるもの。
方法:
4秒かけて鼻から吸う
7秒息を止める
8秒かけてゆっくり口から吐く
これを1セットとして3回繰り返します。
効果:
・心拍が落ち着く
・思考のスピードが緩やかになる
・夜の入眠がスムーズになる
私は不安が強くなったときや、朝に調子が悪いときにこの呼吸法を行い、「まず呼吸で心を整える」ことを習慣にしました。
② 瞑想・マインドフルネス(今この瞬間に意識を戻す)
瞑想やマインドフルネスは、うつ病の回復過程で私が最も助けられた習慣のひとつです。何も特別な道具はいりませんし、特別なスキルも必要ありません。ただ、自分の呼吸に意識を向け、今この瞬間に心を戻してくる。それだけの、とてもシンプルな行為です。
私は毎朝、起きてからすぐの時間に5分間だけ、静かな部屋で座るようにしています。背筋を伸ばして目を閉じ、ゆっくりと呼吸に意識を向ける。するとすぐに、「今日はあの人にメールしなきゃ」「また嫌なことがあるかもしれない」といった思考がどこからともなく湧いてきます。でも、そこで焦る必要はありません。「いけない、集中しなきゃ」と思うのではなく、「あ、今、思考が浮かんだんだな」とやさしく気づき、またそっと呼吸に戻す――この繰り返しが、瞑想です。
一見、何も起きていないように見えるこの静かな時間が、実は心の中ではとても深いプロセスを生み出しているのだと私は感じています。呼吸に集中することで、心が今ここに根を下ろし、過去の後悔や未来の不安から距離を取ることができます。これは、うつ病のときに特に陥りがちな「思考の渦」から抜け出す一つの方法でもあります。
科学的にも、マインドフルネスや瞑想はストレスホルモンの減少、感情調整力の向上、集中力の強化、さらには脳の構造の一部にポジティブな変化をもたらすことが知られています。私自身、これを続けるうちに、「すぐに感情的になってしまう」「頭の中がごちゃごちゃして何も手につかない」といった状態が、少しずつ和らいできたと感じています。
また、マインドフルネスの実践は、日常生活にも自然に広がっていきました。たとえば、洗い物をしているときに手の感触や水の音に意識を向けたり、散歩中に足元のリズムや風の流れに気づいてみたり。何気ない日常の中にこそ、「今ここ」に戻るための入り口がたくさんあるのです。
瞑想の時間は、心を無理に整えるものではなく、自分の内側で起きていることに気づき、そのまま受け止める練習のようなものです。ネガティブな思考や感情があっても、それを否定せず、「今、そう感じているんだな」とやさしく見つめる。そんな態度が身についてくると、心の中に小さな“余白”が生まれてくるのです。
この余白があるだけで、人との関係や仕事、そして自分自身への見方まで、少しずつ変わっていきます。だから私は、毎朝たった5分でも、この時間をとても大切にしています。
もしあなたも、心が落ち着かないと感じたら、ほんの数分だけでも構いません。静かに座り、自分の呼吸にそっと意識を向けてみてください。完璧にやろうとしなくて大丈夫です。大切なのは、「今ここに戻る」という、その意識のあり方なのです。それだけで、あなたの中に、静かに確かな変化が生まれていくはずです。
③ セルフマッサージ(触れることで自分を取り戻す)
セルフマッサージは、思っている以上に心の回復に役立つ小さな習慣です。私がこの方法に出会ったのは、心身ともに疲れきっていたある夜、なんとなく自分の肩を撫でてみたことがきっかけでした。すると、不思議なことに、それだけで少し安心したのです。そのとき、私の中にひとつの気づきが生まれました。「あ、自分の体に触れることで、自分に戻ってこれるんだ」と。
それからというもの、私はセルフマッサージを毎日のセルフケアとして取り入れるようになりました。方法はとても簡単です。道具もいりません。何か特別な技術がなくても、自分の手と心があればそれで充分です。たとえば、両手を合わせて手のひら同士を押し合うだけでも、驚くほど気持ちが落ち着きます。手にはたくさんの神経が集まっていて、優しく触れることで自律神経が整い、副交感神経が優位になってリラックスしやすくなるのです。
私はよく、目のまわりを指先でやさしくなぞるようにしています。パソコンやスマホで酷使した目を労わるだけでなく、顔の筋肉がゆるみ、心のこわばりまで緩んでいくのを感じます。また、首筋や肩まわりを温めながら揉みほぐすことで、知らず知らずのうちに溜め込んでいたストレスや緊張がゆっくりと解けていくのがわかります。これを行う時間帯は、お風呂あがりが特におすすめです。血行が良くなっているタイミングで行うと、効果がより実感しやすくなります。
セルフマッサージのいちばん大切なポイントは、「自分にやさしく触れる」ということです。力を込めて“ほぐそう”とするのではなく、「今日もよくがんばったね」「おつかれさま」と、自分に声をかけながら撫でるように触れる。それだけで、心がすっと落ち着いていきます。まるで、小さな子どもに手を添えてあげるような、あたたかくて優しい気持ちで行うと、自分との信頼関係が少しずつ回復していくのです。
私にとってセルフマッサージは、単なる身体のケアではありません。これは「自分を大切にする時間」であり、「生きる力を取り戻す行為」そのものです。自分で自分に触れることを通して、私は少しずつ「私はここにいていいんだ」「私はちゃんと生きてるんだ」と感じられるようになっていきました。
もし今、あなたが疲れていたり、不安に押しつぶされそうになっていたり、ただ心が落ち着かないと感じているなら。ほんの一分でもかまいません。自分の手で、自分の体にそっと触れてみてください。大げさな方法ではなくていいのです。ただ静かに、自分をねぎらう時間を持ってあげてください。その小さな行為が、きっとあなたの心をやさしく包み、支えてくれるはずです。
習慣を“継続”させるための具体的なコツ
習慣というのは、「やったほうがいい」と頭でわかっていても、続けることが一番難しいものです。私もたくさんの習慣にチャレンジしてきましたが、最初の数日は頑張れても、気がついたらやめてしまっているということが何度もありました。そんな経験を通してわかったのは、「続けられなかったのは自分の意志が弱いからではない」ということです。むしろ、習慣というものは、仕組みや環境を整えないと定着しにくいものなのです。
まず、何より大切なのは「完璧を目指さないこと」。これは本当に基本でありながら、多くの人が陥りやすい落とし穴でもあります。私自身、「毎日やらなきゃ意味がない」と思っていた時期がありました。でも実際は、三日坊主になって自己嫌悪に陥るよりも、「少しでも続けられた」ことの方がよほど価値があるのです。たとえ1日休んでしまっても、それで終わりにせず、また再開すればいい。ただそれだけで、長い目で見れば習慣はちゃんと育っていくものだと気づきました。
次に意識したのは、「習慣のハードルを極限まで下げる」ということです。人は意欲が下がっているときほど、最初の一歩がとにかく重く感じられます。だからこそ、「ジャーナリングは3行だけでいい」「マッサージは1分だけ」「瞑想は呼吸を3回するだけでも十分」――このように、ハードルを下げておくことが習慣化の鍵になります。やる気に頼るのではなく、やらない理由を減らす工夫がとても重要です。
さらに私が効果を実感したのが、「習慣に“決まった時間と場所”を与えること」です。たとえば、「朝起きたらノートを開く」「歯磨きの後に1分だけ瞑想する」「お風呂あがりに肩を揉む」など、すでに毎日している行動とセットにしてしまうと、自然と流れの中で取り入れられるようになります。無理に新しい時間を作るのではなく、すでにあるリズムに組み込むことで、習慣の「定着率」は格段に上がります。
そしてもうひとつ大切なのが、「目に見える形で記録する」こと。私は手帳に小さなシールを貼ったり、アプリで簡単なチェックをつけたりして、自分のセルフケアが続いていることを視覚化してきました。これは意外と大きな効果があります。「今日はできた」という実感が、次の日へのモチベーションになりますし、数週間後に振り返ったとき、「自分はちゃんと続けてきたんだ」と確認できることで、自己肯定感も高まります。
習慣は、人生を静かに、でも確実に変えていきます。それは一気に劇的な変化をもたらすものではないかもしれませんが、毎日の小さな積み重ねは、いつのまにか確かな支えとなり、あなたの心と体を守る“味方”になってくれます。完璧でなくていい、できる日もあればできない日もある。だからこそ、今日たった一歩だけでも踏み出せたあなたは、すでに大きな一歩を進んでいるのです。
自分を大切にする力は、一生もののスキルになる
自己分析やセルフケアは、一見地味で手間がかかるように見えるかもしれません。
でも、それは「再発を防ぐための最も根本的で、最も自分を助けてくれる力」なのです。
他人に頼ることも大事。でも、最終的に自分の心と体をいちばんわかってあげられるのは、自分だけです。
だからこそ、日々の中で「自分と会話する時間」「自分を整える時間」を持ち続けてください。
それは、あなたが再び闇に引きずられそうになったとき、「戻る力」「踏ん張る力」となってくれるはずです。
この章で紹介した方法が、あなたの毎日の中で役立ち、穏やかな日々の土台となることを願ってやみません。焦らず、やさしく、自分のペースで育てていきましょう。
あなたの回復は、あなた自身の手の中にあります。
第7章 人生の目標設定と新たなキャリア構築法 「何者かになる」のではなく、「本当の自分として生きる」ために
うつ病をきっかけに、人生の意味を問い直した
うつ病を経験する前の私は、「人生は努力すれば報われる」「社会の中で結果を出せば、それがすべて」と信じていました。仕事で成果を上げること、他人から認められることが、自分の存在価値そのものだと思い込んでいたのです。誰かと比較しながら、「もっと頑張らなきゃ」「遅れをとってはいけない」と、常に自分に鞭を打って走り続けていました。気づけば、休むこと、立ち止まること、弱音を吐くことを許せない自分が出来上がっていました。
しかし、うつ病になって、その前提が音を立てて崩れました。あれほど必死で守ろうとしていたキャリアも、他人からの評価も、何ひとつ役に立たなくなったのです。朝起きられない、食事が喉を通らない、人と話すのが怖い――そんな日々が続きました。これまで「できていたこと」が次々とできなくなり、自分という人間の輪郭が、曖昧になっていく感覚がありました。
周囲の目も怖くなりました。「どうして働けないの?」「気合いが足りないんじゃない?」そんな言葉を言われたわけではなくても、そう思われている気がして、誰にも会いたくなくなりました。そのとき私は、人生のどん底にいるような気がしていました。
でも、そんな何もできない時間の中で、静かに生まれてきた問いがありました。
「私は、一体なぜ生きているのだろう?」 「本当にこのまま、前と同じ働き方や生き方に戻りたいのだろうか?」 「これまで信じていた“幸せの定義”は、本当に自分にとっての幸せだったのか?」
その問いは、最初は怖かったです。今まで築いてきた人生を否定するような気がして。でも、問い続けることで、少しずつ気づいていきました。
私は「人からの評価」を生きる基準にしていたけれど、本当は「安心して、自分らしくいられること」を求めていたのだと。仕事も大事だけれど、それ以上に「心が穏やかであること」「自分を犠牲にしないこと」が、私にとって本当に必要なことだったのだと。
うつ病は、人生の破綻ではありませんでした。むしろ、それまで無意識に受け入れていた価値観や常識を、一度まっさらにリセットする機会を与えてくれたのです。
「人生の意味」は、誰かが決めるものではありません。私自身が、自分に問いかけ、探していくものだと今は思います。
今でも迷うことはありますし、時には「前のように頑張らなきゃ」と思ってしまうこともあります。でも、あの経験があるからこそ、私は自分に問い続けることができるようになりました。
本当の意味での「人生を生きる」ということは、自分の心に正直になり、自分自身と対話しながら道を選んでいくことなのだと、私は信じています。うつ病という痛みの中で、私はようやく「生きるとは何か」という最も大切な問いに出会えたのです。
鬱病の経験を通して発見した「新たな自分の価値観」
「頑張る」よりも「穏やかでいられる」ことを最優先に
うつ病の回復を経て、私がもっとも深く心に刻んだことは、「頑張ること」だけが人生の正解ではない、という事実でした。かつての私は、いつも何かに追われているような気持ちで、気づけば「もっと努力しなければ」「休んでいる場合じゃない」と、無意識のうちに自分を酷使していました。誰かと比較し、もっと成果を出さなければ価値がないと信じ込み、自分の限界さえ無視して走り続けていたのです。
けれど、うつ病によってすべてが止まりました。体が動かない、心も沈んでいる、それでも「やらなきゃ」という気持ちだけが空回りする――そんな日々を繰り返すうちに、私ははじめて「頑張ることがすべてじゃないんだ」と気づきました。頑張るよりも、まず「穏やかに過ごせているか」を基準にして生きること。それこそが本当の意味での“自分を大切にする”ということなのだと、身をもって知ったのです。
この考え方は、働き方にも大きな影響を与えました。以前は年収や役職を目標に掲げ、できるだけ多くの仕事をこなすことで「社会に必要とされている」と実感しようとしていました。でも今は、「どんなに収入が上がっても、心がすり減っていたら意味がない」と心から思います。職場での人間関係、業務内容、自分にとっての適度な負荷――そういったすべてが、バランスよく整っているかを最優先に考えるようになりました。
そして、それはなにも「甘え」や「逃げ」ではありません。むしろ、自分の人生を主体的に選び取っていく、強さのあらわれだと思うのです。誰かにどう思われるかではなく、自分の内側がどう感じているかを基準にする。そのためには、自分の心に静かに耳を澄ませることが不可欠です。
「今日は少し疲れているな」と思ったら、スケジュールを緩める勇気を持つ。「最近イライラしやすいな」と感じたら、情報や人との接触を減らしてみる。こうした小さな“心のメンテナンス”をこまめに行うことが、結果として回復を持続させる力になります。
うつ病から回復した今、私がいちばん大切にしているのは「今日の自分が、穏やかに過ごせているか」ということです。特別な成果を出さなくてもいい。誰かに認められなくてもいい。ただ、自分が自分らしくいられることが、何よりも価値のあることなのだと、ようやく心から思えるようになりました。
だからこそ、今の私は“頑張らない強さ”を選びます。それは決して、何もしないということではなく、自分のリズムと呼吸に合わせて、丁寧に人生を歩んでいくという選択。そんなふうに、自分にとって穏やかで心地よい日々を、一つひとつ積み重ねていけたら、それこそが最高の生き方なのだと思うのです。
自分の「好き」と「得意」に気づいたことが転機に
長い休養期間中、これまでの人生を静かに振り返る時間ができたことは、私にとって大きな転機となりました。回復の初期は、ただ生きることに必死で、将来のことを考える余裕なんてまったくありませんでした。しかし、少しずつ心にゆとりが戻ってきたとき、「この先、どんなふうに生きていきたいのか」「どんな働き方なら、自分のペースを守りながら続けられるのか」を真剣に考えるようになったのです。
とはいえ、「何がやりたいのか」が明確にあるわけではありませんでした。そこで私は、自分の過去を丁寧にたどっていくことから始めました。子どもの頃に夢中になったこと、学生時代に得意だったこと、社会人になってからも「これは苦じゃなかったな」と思えたこと。そうした記憶の断片をひとつずつ拾い上げていったのです。
たとえば、小学生の頃に作文や日記を書くのが大好きだった記憶。何か特別な才能があったわけではありませんが、文章を書くことで自分の気持ちを整理できたり、表現する喜びを感じられたりしていたことを思い出しました。そして、大勢の前で話すのは苦手でも、一対一で誰かと向き合う時間は心地よかったこと。教え込むのではなく、相手と一緒に考えながら丁寧に会話を重ねていく関わり方が、自分には合っていると感じていたことも思い出しました。
こうした「好き」と「得意」の記憶をつなぎ合わせていくうちに、自分にとって無理のない働き方や、生き方のヒントが少しずつ見えてきました。それは必ずしも、華やかで人に自慢できるようなことではありません。でも、自分が自然体でいられること、自分にとって心地よいことは、これから先を生きていくうえでの大切な羅針盤になるのだと思います。
このプロセスを通して私が気づいたのは、「向いていることは、意外と近くにある」ということでした。日々のなかで見過ごしていたような、ささやかな得意や好きが、実は自分を支えてくれる土台だったのです。うつ病という大きな壁にぶつかったからこそ、私は立ち止まり、改めてその存在の大切さに気づくことができました。
そして、自分の「好き」と「得意」に気づくことは、自分を信じる力にもつながっていきます。「私はこれならできるかもしれない」「これは無理なく続けられそうだ」――そう思える小さな選択が、自分自身との信頼関係を取り戻してくれるのです。それは、うつ病からの回復だけでなく、その先の人生をより良く生きるための、大きな一歩だったと感じています。
今、もしあなたが「何がしたいかわからない」「自分には何もない」と感じていたとしても、それは新たな出発点に立っているということ。あなたの中にも、きっとたくさんの「好き」や「得意」の種が眠っているはずです。それをひとつずつ、静かに、やさしく見つけてあげてください。そしてそれが、あなたらしい人生を歩むための確かな道しるべになっていくことを、私は心から信じています。
価値観が変わると、目指す未来が変わる
うつ病から回復したあと、私の中で最も大きく変わったのは「何を目指すか」という人生の軸でした。それまでは、目標を達成することや、人から認められることに強いこだわりがありました。たとえば、よりよい職場、より高い収入、社会的に価値のあるポジションを得ることが、人生において大切なことだと信じていたのです。
でも、心が壊れ、そこから立ち直っていく過程で、私は自分にとって本当に必要なものは何かを、ゼロから見つめ直しました。その結果、私は「こうなりたい」という外的な理想像ではなく、「こうありたい」という内面から湧いてくる穏やかな願いを持つようになったのです。
たとえば、以前の私は「忙しくてもいいから、成果を出して周囲に認められたい」と思っていました。でも今は、「無理なく働きながら、自分の生活に余白や余裕を持たせたい」と考えます。心と体を守りながら働くこと、自分にとって心地よいリズムで日々を送ることのほうが、はるかに大切だと感じるようになりました。
また、対人関係についても変化がありました。以前の私は、誰とでも深く関わり、できるだけ多くの人と繋がることが理想だと思っていました。しかし今は、自分の心が疲弊しない範囲で、少数の人とあたたかく、でもほどよい距離感で関わることを大事にしています。「ひとりでも大丈夫。でも、誰かとつながっていたい」――そんなバランス感覚が、私の新しい価値観の中で自然と育まれていきました。
さらに、働き方においても「スピードや成果」よりも、「持続可能であること」「自分のリズムで無理なく続けられること」を重視するようになりました。以前は朝から晩まで働いていたこともありますが、今の私は自分のエネルギーに合わせて働く時間や内容を選び、疲れすぎないように工夫しています。それは決して「怠けている」のではなく、自分の命と心を大切にしながら生きていくための、とても重要な選択なのです。
このように価値観が変わったことで、結果的に私のキャリアや人生の方向性も大きく変化しました。会社に属する働き方から、より柔軟なフリーランスの道を選んだのも、「自由な時間」や「心の余白」を大事にしたいという気持ちがあったからです。以前は怖くて選べなかった道でも、自分の内なる声に従って進んでみると、不思議と心が安定して、安心して生きていける実感が芽生えてきました。
「こうありたい」という願いを大切にすることは、他人から見てどう評価されるかとは関係ありません。でも、それが自分にとって本当に必要な生き方であれば、それはかけがえのない正解なのだと思います。
もし今のあなたが、「目標が持てない」と焦っていたり、「昔のように頑張れない自分」に罪悪感を抱いていたりするなら、どうか少し立ち止まってみてください。そして、「私はどんなふうに生きていきたいんだろう?」という問いを、やさしく自分に投げかけてみてほしいのです。
目指す未来は、いつでも書き換えられます。むしろ、人生の途中で価値観が変わることは自然なことです。その変化を恐れず、新しい自分を受け入れながら歩いていく――それが、本当の意味での「自分らしい人生」なのだと、私は思っています。
人生の目標設定:新たなゴールを見つける4つのステップ
ステップ①:過去を振り返る(リフレクション)
まずは、自分のこれまでの人生を棚卸しすることが重要です。
どんなときに心が喜んだか
どんなことをしているときに時間を忘れていたか
どんな働き方が自分を疲弊させていたか
ノートに箇条書きで書き出すだけでも、必ず“ヒント”が見えてきます。
ステップ②:今の自分を見つめる(セルフチェック)
今の自分は、何を欲しているか?
どんな生活リズムが心地よいか?
何に不安を感じ、何に安心するか?
この“今の感覚”を無視せず、大切にすることが、うつ病再発を防ぐカギでもあります。
ステップ③:これからの人生で大切にしたい価値を言語化する
たとえば…
「自由」
「心の余裕」
「小さな幸せを大切にする」
「感謝される関係性を築く」
こうしたキーワードをいくつかピックアップし、「自分は何を軸に生きていきたいのか?」を明確にしていきます。
ステップ④:小さな目標から始める
大きな夢を掲げる必要はありません。まずは…
好きだったことを1日10分再開してみる
興味のある分野の本を読んでみる
小さな仕事や副業に挑戦してみる
こうした“小さな実験”が、新たな方向性を見つける大きな一歩になります。
新たなキャリア構築のステップ(転職・独立のための具体的プロセス)
ステップ①:体力・気力の回復を最優先する
まず最初に必要なのは、「十分に働けるコンディションが整っているか?」を見極めることです。
私は週3日、1日4時間の短時間バイトから再スタートしました。ここで体調の波を観察しながら、自分に合うリズムを探りました。
ステップ②:いきなりフルタイム正社員を目指さない
次に考えたのは、「まずは働き方の選択肢を広げる」ことでした。
パート勤務
派遣社員
業務委託(在宅可能)
副業型の案件(クラウドソーシング)
個人事業主登録(開業届を出してフリーランス)
自分の体力と相談しながら、選択肢を組み合わせることで、少しずつ“自立感”を取り戻していきました。
ステップ③:キャリア支援サービスを活用する
私は次のようなサービスを使いました。
ハローワークの「就労支援プログラム」
就労移行支援事業所(発達障害・うつ経験者向け)
キャリアコンサルタントとの面談
心理的サポートつきの転職エージェント(Re就活など)
特に、障害者雇用を視野に入れた企業を探すときには、**「自分のペースで働ける職場環境」**を重視しました。
ステップ④:副業から始める“マイペースな独立”も選択肢に
私は自分の得意な「書くこと」「人の悩みに寄り添うこと」を活かして、ブログ執筆やSNS運用、Webライティングの仕事を副業として始めました。
最初は時給換算で数百円レベルでしたが、半年後には自分で案件を獲得できるようになり、「自分でもできるんだ」という自信が育ちました。
この体験から言えるのは、「キャリアはやり直せる」ということ。
しかも、自分のペースで、無理せず、心地よく――そんな形で新しい道をつくることができるのです。
著者自身のキャリア再構築体験
1. 休職から退職、そしてリスタートまで
私はうつ病で半年間休職したのち、自分の限界を認めて退職しました。当時は敗北感でいっぱいでしたが、今思えば、「手放すこと」が本当の再出発だったと思います。
退職後は、1日2時間のライティング作業から再開。その間にカウンセリングや自己分析を重ね、ようやく「自分の強み」と「やりたいこと」が見えてきました。
2. 副業から自営業へ:少しずつ信頼と収入を積み上げる
最初はクラウドワークスで簡単な記事作成をしていました。そこから、自分のブログを立ち上げ、SNSで情報を発信するように。
半年、1年と続ける中で、少しずつ案件が増え、やがて「この道でやっていけるかもしれない」という実感が芽生えました。
今では、自分のペースで働きながら、同じように回復を目指す人たちのサポートも行っています。
3. 今の私の働き方と“これからの目標”
現在の私は、以下のような形で働いています。
ライティング(週15〜20時間)
心のケア系ブログ・note執筆
ピアサポートとしてのコミュニティ活動
少しだけパートタイムの仕事(人との接点を持つため)
目標は、「自分が無理なく働ける“適量”を保つこと」。
そして、「誰かの役に立つことで、自分の存在を再確認すること」です。
あなたの人生の地図は、いくらでも描き直せる
「人生がわからない」「何をしたらいいのかわからない」――そんなふうに感じる瞬間は、誰にでも訪れます。特に、うつ病からの回復期には、かつて持っていた夢や目標が遠く感じられたり、自信を失って「これからどう生きればいいんだろう」と不安になることもあるでしょう。
でも、どうか忘れないでください。今あなたが感じている「わからなさ」や「不確かさ」は、実は“あなたの中で新しい人生の地図を描こうとしている兆し”なのです。うつ病という出来事は、決して人生の「脱線」や「失敗」ではありません。むしろ、「これまでのやり方では、心も体も限界だった」ということに、あなた自身がようやく気づいたという証なのです。
だからこそ、これからの人生は、ただ「やり直す」だけでは足りません。今までとはまったく違う角度から、もっとあなたらしい道を、一から描き直していいのです。たとえば、「人のペースに合わせて疲れ切ってしまったから、今度は自分のペースを大切にしたい」とか、「結果を出すことに執着していたけれど、今度はプロセスを楽しめる仕事をしたい」など、少しずつでも自分の気持ちを軸にして、新しい選択肢を描いていけるのです。
地図は、いつでも書き換えられます。しかもそれは、過去を否定することではありません。これまでの経験も痛みも、あなたが「今の自分」にたどり着くために必要だったプロセスです。そして、あなたがこれから描いていく人生の道のりには、今までとは違った優しさや柔らかさ、あなたにしか持てない視点がきっと生きてくるでしょう。
どんなにゆっくりでもかまいません。一歩ずつ、自分の足で進んでいけば、それはすでに新しい地図の上に、しっかりとした軌跡として残っていきます。
「何もできない」と感じる日もあるかもしれません。でも、そんな日でさえ、あなたは確かに生きていて、明日へとつながる力を蓄えています。それこそが、本当に大切な「生きている証」なのです。
どうか焦らず、自分の感覚を信じてください。あなたが見つけていく人生の道は、他の誰でもない、あなただけが描けるものです。そしてその道の先には、派手ではなくても、確かな実感としての「幸せ」や「安心」が、少しずつ姿を現してくるはずです。
あなたの人生の地図は、白紙でもかまいません。むしろ白紙だからこそ、何色にも、どんな形にも自由に描いていくことができます。そしてその地図には、過去の痛みも、回復の軌跡も、これから出会う希望も、すべてが優しく刻まれていくのです。
あなたの人生は、これからが本番です。焦らずに、あなた自身の手で、ゆっくりと、自分らしい地図を描いていきましょう。どんな未来が待っているかは、これからのあなたが決めていけるのです。
第8章 回復後に陥りやすい落とし穴とその回避方法 「順調なのに、なぜかまた調子が崩れる」を防ぐために
回復のあとにこそ、慎重さが必要になる
うつ病の症状が落ち着き、日常生活に少しずつ戻れるようになったとき。
私が真っ先に感じたのは「安堵」でした。
「やっと抜け出せた」
「これでもう大丈夫」
「普通の生活に戻れる」――
でも、そんな思いとは裏腹に、数か月後に再び心が沈み、生活リズムが乱れ、動けなくなったことがありました。
この経験から私は学びました。
回復とは「終わり」ではなく、「バランスを取りながら進む旅」なのだということを。
この章では、私が回復後に実際に体験した「落とし穴」、そしてそれをどう乗り越えたか、また他の人の失敗・成功事例も交えながら、“再発を防ぐ知恵”としてお伝えしていきます。
落とし穴①:働き過ぎてしまう「勢いの罠」
失敗談:「頑張れる=戻れた」と思い込んでしまった
私が復職して3か月目、体調も安定し、気分も上向きになっていたある日、上司から業務拡大の話がありました。
「そろそろ元のポジションに戻してもいいよ」
「前みたいにバリバリやってほしい」
嬉しい言葉でした。復職後、周囲に負担をかけているという罪悪感もあり、私はその言葉を励みと受け止め、「やります」と即答しました。
ところが…。
その後の私は、毎日の残業、週末の資料作成、昼休みもまともに取れない日々。
気がつけば睡眠時間は削られ、食事もおろそかに。気持ちは焦り、ちょっとした指摘にも過剰に反応するようになり、わずか2週間で体調が急降下しました。
「できるようになったこと」と「ずっと続けられること」は違う。
これを痛感した出来事でした。
回避法:「回復曲線を信じて、あえて“ペースダウン”する」
この経験をもとに、私は「仕事量・負荷」を可視化することにしました。
具体的には
1週間に行った業務を日別で記録
体調の推移を5段階評価でメモ
「疲れた日=要注意サイン」として印をつける
その結果、自分にとっての「限界ライン」が見えてきたのです。
また、周囲に「無理してない?」と聞かれる前に、自分から「今はこのくらいが限界」と伝える練習もしました。
“無理をしないこと”は、甘えではなく、再発防止の戦略です。
落とし穴②:過信してセルフケアをやめてしまう
失敗談:「もう大丈夫だから」と習慣を手放した末路
うつ病の回復に効果的だったセルフケア――朝のストレッチ、夜の瞑想、ジャーナリング。
私はそれを毎日続けていたことで、心が安定していたのに、調子が良くなるとともに、だんだんとやめてしまいました。
「今日はいいや」→「1週間空いた」→「もうやらなくても平気」
するとどうでしょう。
・感情の波に気づけない
・ストレスを放置しがち
・気がつけば、イライラや疲労感が蓄積
まるで小さなボタンの掛け違いが、やがて服全体をゆがめていくように、心のバランスが崩れ始めたのです。
回避法:「続けるために、ハードルを下げる」
この経験から学んだのは、セルフケアは“続けられる形で持続すること”が重要ということでした。
以下が、私が実際に使っている工夫です。
瞑想は5分→1分に短縮(でも毎日)
ジャーナリングは3行だけ書く
「できた日」にシールを貼る「見える化カレンダー」
続けることの難しさよりも、「小さくてもやめないこと」が、長期的な安定につながるのだと実感しました。
落とし穴③:「回復した自分」を演じて疲れてしまう
失敗談:「元気に見られたい」というプレッシャー
回復したあと、私が最も恐れていたのは「また落ち込んでると思われること」でした。
だからこそ、職場では明るく振る舞い、友人には弱音を吐かず、「もう大丈夫」と言い続けていました。
でも、本当は不安や疲れがあって、夜になると一人で泣く日も。
「良くなった自分を演じ続けること」もまた、大きなストレスになることに気づきました。
回避法:「言える人」を一人持つ、「見せなくてもいい場」を持つ
人間関係において、私が取り入れたのは以下の2つの工夫でした。
① 弱音を正直に話せる人を1人だけでも確保する(カウンセラーでも可)
② SNSなどで「匿名の場」「共感ベースの場」に時々つながる
「すべての人にわかってもらおうとしない」
「一部の人とだけ深くつながる」ことで、心の負荷を減らすことができました。
落とし穴④:再び「孤独」を感じてしまう
失敗談:「元気になったから、もう頼れない」と距離を置いてしまう
回復していく中で、私は自分がサポートしてもらう立場から、少しずつ「支える側」にならなければ、と思い込んでいました。
支援してくれた家族や友人に、いつまでも「助けて」と言うのは申し訳ないと感じ、「大丈夫、大丈夫」と繰り返していました。
結果、自分から距離を取ってしまい、以前よりも深い孤独感に襲われるようになったのです。
回避法:「回復しても、頼っていい」と自分に許可を出す
私は、「頼る=依存」ではなく、「つながる=自分を守る」ことだと気づきました。
それからは、意識してこう言うようにしました。
「最近ちょっと疲れてて、よかったら話を聞いてほしい」
「何か話したいわけじゃないけど、一緒にお茶でもしない?」
弱音ではなく、さりげないSOSを出すことで、孤独の連鎖は防げます。
また、「ペットとの時間」「お気に入りのカフェの店員さん」といった“人間関係ではないつながり”も心を守る大きな支えになりました。
成功事例の比較:失敗と成功の分岐点はどこにあるか?
状況 | 失敗パターン | 成功パターン |
---|---|---|
仕事復帰 | 元のスピードに戻そうとして無理する | 徐々に負荷を調整し、自己申告も忘れない |
セルフケア | 調子が良くなってやめてしまう | 小さくしてでも毎日継続する |
人間関係 | 「元気に見せなきゃ」と演じる | 正直に話せる相手・場を持つ |
孤独対策 | 距離を取りすぎて孤立する | 小さなつながりを日常に散りばめる |
このように、「無理にがんばらない」「小さくても続ける」「安心できるつながりを持つ」――この3つを守ることで、回復の後半戦も穏やかに乗り越えられることが分かります。
再発は恥ではない。回避の知恵は積み重ねで身につく
うつ病の回復という道のりには、直線的でわかりやすいゴールなど存在しません。良くなったと感じていたのに、ある日ふとしたことで調子が崩れてしまう。そんなことが実際に何度も起こります。私自身も「もう大丈夫だろう」と思った矢先に、思わぬ形で体調を崩し、再び暗闇の入り口に立たされた経験があります。
けれど、今ははっきりと言えるのです。再発は決して恥ではありません。それは失敗でもなく、あなたが努力していなかった証でもありません。ただ、まだ知らなかった“自分の取り扱い方”を新たに学ぶ機会に過ぎないのです。
私はこれまでに、2度軽度の再発を経験しました。そのたびに「また振り出しに戻ってしまった」と落ち込んだこともありました。でも、振り返ってみると、あの再発があったからこそ、自分にとって本当に必要なものや、避けるべき無理の仕方が見えてきたのです。
たとえば、以前の私は「週5日勤務できるようになったから、もうフルタイムで完璧にやらなきゃ」と自分を追い詰めていました。でも、ある日突然、朝起きることすら苦しくなり、再びベッドから出られなくなってしまいました。そのとき初めて、「私にはもっと休息が必要だったんだ」と気づきました。
このように、再発を通して私は「自分の限界ライン」がどこにあるのか、徐々にわかるようになってきました。それは、教科書や医師の言葉からではなく、自分の体験の積み重ねから得られた“取扱説明書”のようなものです。
回復とは、元に戻ることではなく、より深く自分を理解していく過程です。そして再発は、そのプロセスにおける大切な“気づきの節目”です。再発したことそのものに意味があるのではなく、それをどう受け止め、どう対応するかが重要なのです。
たとえ、これからまた気分が落ちる日があったとしても、「あ、これは以前にも感じた波だな」と思えたなら、それは大きな成長です。何をすると楽になるか、誰に話すと落ち着けるか、どんな生活リズムを守ると調子が安定するか――それらはすべて、過去の再発が教えてくれた貴重な知恵です。
そして、そうした知恵は、一夜にして身につくものではありません。焦らず、丁寧に、経験を重ねることで、あなた自身の中に少しずつ蓄積されていくものです。
たとえば私は、再発の兆しとして「寝つきが悪くなる」「朝から理由のない不安に襲われる」「趣味にまったく興味が持てなくなる」といったサインに気づけるようになりました。以前なら無視して突き進んでいたこれらのサインも、今では「一度立ち止まるタイミング」として受け取れるようになったのです。
だから、もしあなたが今、順調な時期を過ごしているとしても、それがいつまでも続くことに執着しないでほしいと思います。調子を崩す日が訪れることは、誰にでもあるのです。それを「またダメになった」と責めるのではなく、「ああ、今は波の底にいるだけ」とやさしく見守ってあげてください。
そして、あなたがその波をどう受け止め、どう向き合っていくかによって、次に同じ波がきたときの過ごし方が少しずつ上手になっていくはずです。それは決して後退ではなく、むしろ確実な“前進”なのです。
回復とは、完璧な安定を手に入れることではなく、揺れ動きながらも、そのたびに少しずつ自分を整えていける力を育てていくこと。そして、そのプロセスの中で、再発を含めたすべての体験があなたにとっての学びとなっていくのです。
この章が、あなた自身の「再発を恐れずに歩む勇気」を支える小さな灯になればと心から願っています。あなたの歩みが穏やかで、あたたかく、自分らしいものになりますように。そして、どんなときも「私は私の味方だ」と、自分に優しく言い聞かせてあげられますように。
第9章 幸福を感じられる日常の作り方 「生きていてよかった」と思える日常を、自分の手で育てていく
幸せとは「大きな出来事」ではなく「毎日の小さな光」にある
うつ病から回復したある日、私はふと空を見上げて、夕焼けがきれいだと感じました。
それは本当にささいなことで、誰かに話すような出来事でもありません。でもその瞬間、心の奥にふんわりと温かいものが灯ったような気がしました。
「自分は今、確かに生きていて、世界は思っていたより優しいかもしれない」――そう思えたのです。
この体験が、私にとっての“幸福の再発見”の第一歩でした。
この章では、「幸せになりたい」ではなく、「幸せを感じられる状態を自分でつくる」ことをテーマに、私自身が実践し、効果を感じた習慣や小さな幸せの実感方法を、具体的にお伝えします。
幸福感を持続的に生み出す日常習慣
朝のルーティン:1日の心を整える“はじめの一歩”
朝5分の「心のウォーミングアップ」
私は毎朝、起きてすぐに以下の3つの行動をセットで行っています。
白湯を飲む
内臓を温め、体を目覚めさせる。コップ1杯の白湯が体内のリズムを優しく整える。カーテンを開けて光を浴びる
朝日を浴びると、セロトニン(幸福ホルモン)が分泌されやすくなり、脳が「活動モード」に切り替わる。今日の「したいこと」を1つ書く
ToDoリストではなく、「気分がよくなる小さな行動」。
例:花に水をやる、好きな音楽を聴く、10分だけ散歩する、など。
これらをルーティン化することで、朝のモヤモヤや不安が軽減され、「今日も始めてみよう」という気持ちに自然となるようになりました。
感謝日記:心の中にある“豊かさ”を見つける
回復後、私が毎晩続けているのが「感謝日記」です。これは1日の終わりに「ありがたかったこと」を3つ書くだけのシンプルな習慣です。
実際の例:
スーパーで店員さんが優しく対応してくれた
飼い猫が膝に乗ってきてくれた
今日も無事にご飯を食べて眠れること
この日記のポイントは、「大きな出来事ではなく、小さな幸せを拾う」こと。
私たちは、つい“足りないもの”や“できなかったこと”に意識が向きがちです。感謝日記は、その視点をそっと“あるもの”に戻してくれるツールです。
この習慣を1か月続けた頃には、自然と「自分は結構幸せな生活をしているかもしれない」と思えるようになっていました。
散歩の効用:心と体を同時にほぐす“移動型瞑想”
うつ病回復期からずっと続けている習慣の一つが「散歩」です。特に朝か夕方の時間帯に、近所の自然の多い道を歩くことが、私にとって“自分に戻る時間”になっています。
散歩の効果:
リズム運動によるセロトニンの分泌
自律神経のバランスが整う
考えすぎを中断できる
外界とのやさしい接触(光・風・音)に癒される
歩くことで、頭の中のぐるぐるした思考が整理され、自然に「ま、いっか」という気持ちが湧いてくることもあります。
スマホを持たず、イヤホンもせずに、風や鳥の声に耳を傾けながら歩く時間。それが、最も心が満ちている瞬間だと私は感じています。
日常の中で「小さな幸せ」を感じる方法
五感を意識すると、幸福感は自然と高まる
幸福感は、「感情」だけでなく「感覚」からも生まれます。
以下のような、五感を使った幸福体験は、意識的に取り入れることで日常に深みを与えてくれます。
視覚:美しい風景や花を眺める
聴覚:好きな音楽や自然音を聞く
嗅覚:アロマやコーヒーの香りを楽しむ
味覚:ゆっくり味わって食事をとる
触覚:お気に入りのブランケットや洋服に触れる
実践例:
私は朝、必ずお気に入りのマグカップでハーブティーを飲みます。香り、温かさ、味の広がり――それだけで心が落ち着き、「今日もここから始まる」と感じられるのです。
五感を丁寧に扱うことは、自分を大切にすることと同じです。
「余白」をつくる:何もしない時間が、心を養う
以前の私は、「何かしていないと不安」でした。常に予定で埋め尽くされた手帳、休みの日もSNSや動画で“埋める”生活。
でも、回復後に気づいたのは、幸福感は“隙間”に宿るということ。
予定をあえて入れない午後
ソファに座って、ただ空を見る時間
鳥の声に耳を傾けながらボーっとする朝
こうした「余白」は、心を静かに満たしてくれます。
幸福=刺激ではなく、安定と深まり。
何もしない時間が、幸福を“感じる力”を高めてくれるのです。
日常に「名前をつける」ことで記憶に残る幸せに
私は日常の小さな出来事に、ちょっとした“タイトル”をつけるようにしています。
たとえば…
「今日のごほうびスープ」
「風と光と私の30分散歩」
「まるで映画の中みたいな空」
「泣いてスッキリしたデトックスナイト」
このように“物語性”をもたせることで、日々の経験が記憶に深く刻まれ、後から振り返ったときに「あの日、幸せだったな」と実感できます。
「幸せだった」と思い出せる記憶は、未来の自分を支える宝物になります。
幸福感を継続させるための工夫
幸福を「比べない」ことが、幸福を守る
「幸福を比べない」というのは、言葉にするととても簡単に聞こえるかもしれません。でも、実際にそれを日常の中で意識し続けることは、とても難しいものです。私たちは気づかないうちに、絶えず他人と自分を比べています。通勤電車の中、スマートフォンを開いた瞬間、SNSのタイムラインには、キラキラした笑顔、美味しそうな食事、素敵な旅行、仲の良さそうな家族や恋人の写真が並んでいます。
そうした投稿を目にしたとき、どこか胸の奥がチクリと痛む感覚。自分にはないものを、誰かが持っているように感じてしまう感覚。そうした感情は誰にでも起こりうる自然な反応です。そしてその瞬間、自分の中にあったささやかな満足感や、穏やかな幸福感が、ふっとかき消されてしまうことがあります。
私も以前は、何気なく人の投稿を見るたびに、自分の生活の質が劣っているような気がして落ち込んでいました。「自分ももっと頑張らなきゃ」「このままじゃダメだ」「どうして自分ばかり…」そんな言葉が頭の中をグルグルと回り、せっかくの日常のなかの幸せに気づけなくなってしまうのです。
でもあるとき、ふと気づいたのです。他人の幸福を見て心がざわつくとき、私はいつも「その人が持っているもの」ばかりを見て、「自分がすでに持っているもの」には目を向けていなかったということに。
そこから少しずつ、自分の中の価値観を見直していくことにしました。他人の生活は他人のもの。見えている部分だけがすべてではなく、その人にも見えないところで抱えている悩みや苦しみがあるかもしれない。そして何より、誰かの幸せが自分の幸せを奪うわけではない、ということ。
「自分の幸せは、他人と比べる必要のない、唯一無二のもの」。そう思うようにしたことで、私はようやく心の平穏を取り戻すことができました。
今では、人の幸せな投稿を見ても、羨ましいという気持ちよりも、「ああ、この人にもいいことがあったんだな。私にも、こういう日がきっとまた来る」と思えるようになりました。それは、他人の幸せを「自分の不幸の証明」として受け取るのではなく、「自分にも訪れる可能性」として受け取ることができるようになったからです。
もし今、あなたが誰かと比べて落ち込んでいるのなら、その気持ちに気づいてあげてください。そして、どうかこう問いかけてみてください。「私は、私の中にある幸せをちゃんと見つめているだろうか」と。
たとえば、朝起きておいしいコーヒーを飲めたこと。誰かのやさしい一言に救われたこと。散歩の途中で見上げた空がきれいだったこと。そんなささやかな喜びを、ちゃんと覚えておくこと。それこそが、本当の意味での「自分の幸せ」を守る力になるのです。
比較をやめた瞬間から、あなたの心の中には、あなただけの幸福が静かに息をし始めます。他人と競う必要も、背伸びをする必要もありません。あなたにとって心地よく、あなたにとってやさしい時間や空間、それこそが最も大切な幸せの源です。
自分の幸せに、自分で気づいてあげること。それは、日々を丁寧に生きていくうえで、いちばん大きな味方になるのだと思います。あなたの幸せは、あなたが感じるときに、そこにちゃんとあるのです。
「幸せのリスト」を作っておくと、落ち込んだ日にも救われる
“幸せのリスト”は、私にとって心の避難所のような存在です。うつの回復期や、気持ちが沈んでいるとき、頭の中はネガティブな言葉でいっぱいになります。何をしても楽しくない、何もやる気が出ない、ただ時間だけが過ぎていく。そんなときこそ、「今は考えられないけれど、以前の私は何をして元気になっていたんだろう?」と立ち返る場所が必要になります。
私はある日、ふとした思いつきで一冊のノートに「自分が嬉しかったこと」「楽しかったこと」「救われたもの」を書き始めました。そこには、他人から見たらなんでもないようなことが並んでいます。たとえば、駅前の小さなカフェで飲んだキャラメルラテの甘さ、友人に言われた「あなたがいるだけでホッとする」という一言、夜道で見上げた満月の大きさ、昔観て笑った映画のワンシーン、あるいは散歩中に見かけた子猫のしぐさ――そんな、小さくて個人的な喜びの記録です。
大切なのは、それが「そのときの私を助けてくれたもの」であることです。誰かに自慢するためではなく、SNSに載せるためでもなく、ただ“自分にとっての幸せ”を思い出すためのメモ。そのリストを読み返すと、落ち込んでいる自分にも、どこか温かいものが戻ってくる感覚があるのです。
気分が落ちているときは、新しいことを始める余裕もなければ、何がしたいのかもわからなくなります。だからこそ、過去の“元気な自分”が書き残してくれた記録が、未来の“疲れている自分”を支えてくれる。その感覚はまるで、自分自身が自分を抱きしめるような、やさしい安心感につながっていきます。
私はこのノートを作ることで、ひとつの“心の引き出し”を持つことができました。それは、つらいときにそっと開けてみると、中から小さな光がこぼれてくるような感覚です。「こんなにも自分は、これまでにたくさんの喜びに出会ってきたんだ」と思い出せることが、どんなに大きな力になるか、書いてみて初めて気づいたのです。
何も特別なことを書く必要はありません。ほんの小さなことでも、あなたにとって心が動いた瞬間があれば、それをぜひリストに残してみてください。気持ちが安定しているときに、少しずつ書き足していくだけで構いません。そして調子が悪い日に、そのノートをそっと開いてみるのです。もしかしたら、今は信じられないかもしれませんが、そのページのどこかに、あなたを少しだけ前に進ませてくれる一文があるかもしれません。
幸せは、いつも大きなイベントの中にあるわけではありません。むしろ、日々のささやかな場面にこそ宿っているものです。それに気づくことができたとき、私たちは少しずつ、でも確実に、自分の人生を自分の力で再び歩んでいけるのだと思います。
“幸せリスト”は、私にとって未来の自分に贈るメッセージです。あなたにも、そんな小さなノートをそっと持っていてほしいと思います。それが、あなたがあなた自身を助ける最もやさしい方法のひとつになるかもしれないからです。
「完璧な幸せ」を求めない。60点で満点の気持ちで
「完璧な幸せ」というものを目指しすぎると、どうしても心が疲れてしまいます。私たちは、どこかで「幸せとは、いつも笑っていて、不安も不満もなく、すべてがうまくいっている状態」だと思い込んでしまっていることがあります。でも実際の人生は、そんな理想通りにはいきません。天気が悪い日もあれば、体調が優れない日もあるし、なんだか気分が上がらない日だってあります。
私自身、うつ病からの回復期に、「幸せってどういう状態なんだろう」と何度も考えました。かつての自分が思い描いていた“幸せな日常”は、仕事も順調で、友人とも頻繁に会って、趣味も楽しめるような、いわゆるキラキラした毎日でした。でも、それを完璧に実現しようとすればするほど、現実とのギャップに落ち込み、結局「自分はまだ幸せじゃないんだ」と感じてしまっていたのです。
そんなある日、ふと「今日は60点くらいだったな」と思ったことがありました。朝はだるかったけど、ちゃんと起きて顔を洗えた。気分は沈みがちだったけれど、散歩中に咲いていた花に少し癒された。夕食の準備が面倒でレトルトになったけど、温かいものを口にできた。それらを全部振り返って、「まあ、合格だよね」と思えたとき、少しだけ心が軽くなったのを覚えています。
完璧な幸せではないかもしれない。でも、何かひとつでも「よかったな」と思える瞬間があるなら、それはもう十分に価値のある一日なのです。それ以来、私は「60点で満点」という考え方を心がけるようになりました。何もかも完璧にできなくてもいい。すべてが理想通りでなくてもかまわない。自分なりに一日を乗り越えたこと自体を、もっと褒めてあげようと思ったのです。
この感覚を持てるようになると、不思議と心が楽になります。他人と比べて焦ることも減り、自分に対する要求も優しくなり、過ごす時間の中にちゃんと「自分を認める余白」が生まれるようになりました。
そして、こうして60点の毎日を重ねていくと、不思議と全体としてはとても安定した、あたたかな時間が流れていくようになるのです。「あれ?最近、なんだか落ち込まなくなってきたな」「前よりも、少しだけ日常を楽しめているかもしれない」――そんなふうに気づいたとき、はじめて「自分なりの幸せ」に近づけているのだと実感できるようになりました。
誰かのような完璧な幸せじゃなくていい。自分にとっての“ちょうどいい幸せ”を探しながら生きていく。その姿勢こそが、心の健康を守り、うつの再発を防ぎ、長く安定した暮らしを支えてくれる土台になるのだと思います。
「今日は60点だったけど、悪くなかったな」。そう思える毎日を、どうかあなたも大切にしてみてください。完璧ではないけれど、心にやさしい日々の積み重ねこそが、いつかあなたを豊かな場所へと連れて行ってくれるはずです。
「幸せは、育てるもの」
「幸せは、育てるもの」──この言葉の意味が、本当の意味で私の心に落ちてきたのは、うつ病からの回復の途中でした。かつての私は、幸せは努力の末に“手に入れるもの”だと思っていました。地位を得ること、収入を増やすこと、誰かに認められること、素敵な人間関係を築くこと。そんな目に見える結果の先に、幸せがあると信じていました。努力を重ねれば、いつか“完璧な幸せ”がやってくると信じて疑いませんでした。
けれど、うつの底でどれだけ足掻いても、自分の中に「幸せ」の感覚がまったく存在しないことに気づいたとき、私は深く混乱しました。外側の条件がどうであれ、心が疲弊しきっていると、どんなごちそうも、どんな賛辞も、どんなご褒美も、まるで響いてこなかったのです。
それからです。私は「幸せって何だろう」と、自分なりに問い直しはじめました。そして見えてきたのが、幸せとは“感じる力”のほうがずっと大事だということでした。外側にあるモノや出来事は、それを受け取るこちらの感性が育っていないと、ただ通り過ぎるだけになってしまう。つまり、幸せというのは、すでに日常の中にあるのに、それに気づけるかどうかの感度次第なのだと、ようやく実感できるようになったのです。
たとえば、朝の光がやさしかった日。帰り道にふと咲いていた花の美しさ。コンビニで買った小さなおやつが美味しくて、ちょっと気分が上がった瞬間。SNSを閉じて静かに湯船に浸かる時間。誰かの何気ないひと言に救われた夜。これらは決して“特別な出来事”ではありません。でも、それらに「ありがとう」「嬉しい」と思える自分になったとき、私は「今、幸せだ」と自然に思えるようになっていきました。
つまり、幸せとは“誰かから与えられるもの”ではなく、“自分の中で育てていくもの”なのです。土を耕し、水をやり、陽の光に当てながら、小さな芽を大切に育てていくように、毎日の中で感じたささやかな心の動きを見逃さず、慈しむこと。それが、私たちの内側に確かな「幸せの根」を張らせてくれます。
最初はうまくいかないかもしれません。喜びを感じられない日もあります。でも、だからこそ、意識的に「自分の幸せの種」を蒔くことが大切なのです。たとえば、毎日ひとつだけ「今日よかったこと」を日記に書いてみることでもいい。お気に入りのマグカップで飲むコーヒーを、ちゃんと味わってみることでもいい。そうやって、自分なりの「幸せの習慣」を持つことで、少しずつ、少しずつ、心が整い、穏やかになっていくのです。
それは、突然訪れる劇的な喜びではなく、じわじわと心に沁みてくるような、静かな安心感かもしれません。でもその安心感こそが、日々の暮らしを支えてくれる“本物の幸せ”なのだと思います。
どうか、焦らないでください。他人と比べなくていいのです。あなたが「これをしていると、少しほっとする」と感じられることが、あなたにとっての大切な習慣です。それを一つ、また一つと大切に育てていくことで、あなたの中にある「幸せの器」は、いつか自然と満ちていきます。
幸せは、待つものではなく、選び取るもの。そして育てるものです。あなたが生きていてよかったと心から感じられる日が、今日であっても、明日であっても、かならず訪れます。その日まで、自分にやさしく、ゆっくりと歩んでいきましょう。あなたの幸せは、あなたの内側から育っていくものなのです。
第10章 再構築した人生の実際と未来への展望 「終わった人間」ではなかった。私は、生き直すことができた。
あの頃、何もなかった私が、今、穏やかに笑えている理由
かつて、私は人生のどん底にいました。
体も動かない。心も重い。目が覚めるのが怖い。
誰とも会いたくない、何もしたくない、そして、何より「自分でいること」が苦しくて仕方がありませんでした。
でも、そんな私が今――
穏やかな朝の光に目を細め、温かいお茶を飲みながら好きな本を読み、時には自分の経験を誰かに語ることができる。
小さな仕事を自分のペースでこなし、週末には友人と散歩に出かけ、夜には心地よい眠りに落ちる。
この、当たり前のようで当たり前じゃなかった日々を、私は一つひとつ取り戻してきました。
回復とは、ある日突然訪れるものではなく、少しずつ、少しずつ、日常の断片が繋がっていくようなプロセスでした。
この章では、そんな私の「現在の暮らし」と、「これから描いていきたい未来」を、ありのままに綴ります。そして、今、あなたがどんな状態であったとしても、「生き直すことはできる」ということを、心から伝えたいと思っています。
今の私の暮らしと、手にした穏やかな毎日
かつて、私は「フルタイムで働き続けることこそが大人の証」と信じていました。
でも今は違います。
今の私は、在宅ワークを中心に、週に3〜4日、自分の体調に合わせて働いています。文章を書いたり、オンラインで相談を受けたり、時には回復経験を共有する場に呼ばれて話すこともあります。
それは、かつてのような“成果”や“効率”を求める働き方ではありません。
むしろ、「自分が無理なくできる範囲で、人とやさしくつながること」を大切にしています。
朝は必ず白湯を飲み、軽くストレッチをしてから、その日の気分で机に向かいます。
「やることリスト」も作りますが、優先順位は“自分のエネルギー”が最上位。疲れている日は、堂々と何もせず、自然の中を歩いたり、音楽を聴いたりします。
夜には、好きな香りのアロマを焚きながら、1日の感謝日記をつけます。
――「今日は空がきれいだった」
――「知らない人が笑顔で挨拶してくれた」
――「自分に“お疲れさま”って言えた」
ほんの小さなことでも、「感じること」「記録すること」で、幸福感がじわっと心に広がっていきます。
それは、以前のような“外側の評価”では決して得られなかった種類の幸せです。
趣味やつながりがくれる、生きている実感
今の私は、「役に立たなければ生きていけない」とは思っていません。
むしろ、「自分が心から楽しめることを、無理なく続けていく」ことのほうがずっと大切だと感じています。
最近の趣味は、季節の花を写真に撮ってミニアルバムにすることや、地元のパン屋さんを巡る“パン散歩”です。
一緒に歩くのは、近所で知り合った同世代の友人や、以前の回復講座で出会った仲間たち。何を話すでもなく、ゆっくりと歩いている時間が、私にとっては“再生の象徴”になっています。
また、インターネットを通じて知り合った人たちと、「お互いに今日の“よかったこと”を送り合う」小さなオンラインコミュニティも運営しています。
「夕方の光がきれいだった」
「小鳥の声を聞いたら、心がゆるんだ」
「カフェで隣に座った人が親切だった」
そんな、誰にも気づかれないような幸せを共有し合う時間は、“生きていることを肯定し合う”時間でもあります。
未来への展望――これから描いていきたい人生の形
うつ病という長く暗いトンネルをくぐり抜けた私は、人生そのものを一度ゼロに戻すような感覚を経験しました。すべてを見失ったかのような日々の中で、何を手放し、何を守るかという問いに、私は静かに向き合っていったのです。
以前の私は、「どう生きるべきか」を、外側の価値観で決めていました。世間の常識や期待、周囲との比較。いつの間にか、自分の心の声よりも、「こうあるべき」「こうしなければ」という無言のプレッシャーに従って生きることが当たり前になっていたのです。
でも、うつ病を通してすべてが止まったとき、私は初めて「自分自身にとっての幸せとは何か」を問い直すことになりました。そして気づいたのです。人生は“誰かと比べて正解を探すもの”ではなく、“自分の内側にある声を静かに聴き取ること”でしか形づくれないのだと。
私がこれから描いていきたい人生の形は、とてもシンプルです。「自分のペースで生きること」「自分をすり減らさないこと」「無理せず、正直に生きること」。それがどんなに地味に見えても、外からの評価がなくても、自分が心地よくいられることを大切にしていきたいのです。
たとえば、朝、好きな時間に目覚めて、好きな食べ物をゆっくり味わう。自分の気持ちが整ったときだけ、誰かと話し、文章を書き、世界とやさしく関わる。無理に社会のスピードに合わせる必要はありません。むしろ、ゆっくりと進むからこそ見える景色、感じられる喜びがあることを、私は知っています。
これからの私の夢は、小さくてあたたかいものです。同じように心の暗がりを通ってきた人に、そっと寄り添えるような言葉を届けたい。誰かが孤独のなかで「もう少しだけ、生きてみよう」と思えるような、そんな文章を書いていきたいのです。
そして、私自身もまた、その言葉を必要としているひとりであることを忘れずにいたい。私も、まだ不安になることがありますし、心が揺れることもあります。でも、そうした感情を否定せずに、「それでも私はここにいる」と、日々のなかで静かに確認しながら歩いていきたいのです。
未来は、決して一度に描けるものではありません。けれど、今日一日を丁寧に過ごすことの積み重ねが、やがてあなただけの“人生の物語”になっていきます。誰かに見せるためではなく、自分のために紡ぐ未来。そこにこそ、本当の安心や幸福があるのではないでしょうか。
これからも私は、人生のどこかで立ち止まり、迷い、また歩き出すことを繰り返していくでしょう。でもそのすべてが、「自分らしく生きる」という一点に向かっていれば、それで十分なのだと思えるようになりました。
ゆっくりでいい。迷ってもいい。ときには立ち止まってもいい。自分にとってやさしい選択を積み重ねながら、これからも私は生きていきます。そして、あなたにも、そんな人生が訪れることを、心から願っています。
今、苦しみの中にいるあなたへ伝えたいこと
もし今、あなたが深い孤独や絶望のなかにいて、何もかもが止まって見えるとしても、どうか知っていてほしいのです。あなたが今感じているその苦しみは、決して意味のないものではありません。そして、それは「あなたが弱いから」では決してないのです。
うつ病というのは、外側からはなかなか見えない痛みです。たとえ周りの人に理解されなかったとしても、あなたが感じている重さは本物です。その重さを、ひとりで抱えながら今日もここまで生きてきたあなたは、すでに信じられないほどの力を持っている人です。
私自身、うつの最中にいた頃は、ほんの5分、布団から出ることすらできず、自分の存在を責める日々を何度も過ごしました。「なぜ自分だけがこんなに苦しいのか」「いつ終わるのかも分からないこの痛みに、意味なんてあるのか」――そんな問いが頭の中をぐるぐると回って、何も手につかなくなるような感覚。あの頃の私は、ただ「今日が終わってくれさえすればいい」と、必死に日をやり過ごしていました。
でも、ほんの少しだけでも、「今日、自分を責めなかった」「今日は水を飲めた」「誰かに助けを求められた」――そういう“小さなできたこと”を、自分の中に残していくことで、気づけばゆっくりと、でも確かに、生き直す力が戻ってきたのです。
回復とは、決してまっすぐな道ではありません。何度もつまずき、同じ場所に戻ったような気持ちになることもあります。でも、その一歩一歩こそが、あなたの「再構築の旅路」なのです。目に見える変化がなくても、心の奥深くでは、あなたの“生きる力”がずっと動き続けていることを、どうか信じてください。
そして、今この文章を読んでいるあなたに、心から伝えたいことがあります。それは、「あなたには、これからの人生を描き直す力がある」ということです。苦しみの中から立ち上がった先には、かつての自分では気づけなかった優しさや、深い共感、そして本当の意味での“自分の人生”があります。
うつ病は、人生を一度立ち止まらせる出来事かもしれません。でもそれは、これまでの自分に無理があった証でもあり、“生き方を見直す機会”を与えてくれている時間でもあるのです。
あなたの人生は、今からでも変えられます。誰かと比べなくていい。遅すぎることもありません。「今日の自分ができる小さな選択を、一つだけ大切にする」――それだけで、未来のあなたはきっと今日のあなたに感謝する日が来ます。
私はそのことを、自分の体験からも、確かな実感として信じています。そして、あなたにもそれができると、心の底から思っています。どうか、今は何もできないと感じるその瞬間すら、自分を責めず、静かに認めてあげてください。
あなたはひとりではありません。あなたの痛みを、完全には分かれないとしても、深く理解しようとする人たちが、どこかに必ずいます。私もその一人として、あなたのこれからの歩みを、心から応援しています。
この苦しみが、いつかあなたのやさしさの源になり、誰かを照らす灯りになる日が、きっと来ます。だから、どうか希望を手放さないでください。たとえそれが今はかすかな光であっても、あなたの歩みを照らしてくれる、大切な灯りなのです。
希望とは、今ここにある小さな光
希望という言葉は、時にあまりにも遠く感じるかもしれません。特に、心が暗闇に包まれているときには、「希望なんて綺麗ごとだ」と思ってしまうこともあるでしょう。私も、かつてはそう感じていました。未来は真っ黒で、昨日と今日と明日の区別すらつかないような、そんな日々を何年も過ごしました。
でもある日、小さなことがきっかけで、ほんのわずかな変化が訪れました。それは、近所の公園で見た空の色だったかもしれません。誰かの優しい一言、好きな音楽の一節、ぬるめのお湯に包まれた夜、そういった「今ここ」にある小さな温もりが、心の深いところでそっと灯をともしてくれたのです。
希望とは、決して特別な才能を持った人だけが持てるものではありません。それは「何かを成し遂げた人のご褒美」でもありません。むしろ、何もできないように感じるその瞬間にこそ、心の奥でそっと息をしているのが希望なのだと思います。それは外に探しに行くものではなく、自分の中にすでに静かに存在しているもの。ただ、あまりに日々がつらすぎると、その存在を感じる余裕すらなくなってしまうのです。
うつ病を経験し、そこから少しずつ立ち上がってきた私は、今ようやく「幸せは特別なものではない」と言えるようになりました。目立たなくていい、評価されなくていい、ただ「今日を静かに過ごせた」ことが、何よりも大切な喜びであり、回復の証なのです。
あなたの心が今、どんな状態であっても大丈夫です。落ち込んでいても、動けなくても、涙が止まらなくても、それらすべてが「生きている証」なのだと私は思います。そして、その感情に正直でいるあなたは、すでに希望の中にいるのです。光は遠くではなく、すぐそばに、ほんの小さな形で存在していることに、どうか気づいてあげてください。
何者かになる必要はありません。かつての自分に戻る必要もありません。今のあなたが、そのままの姿でいてくれることが、何よりも価値あることなのです。あなたの存在が、誰かにとっての光になる日も、きっと来ます。でもその前に、あなた自身が、あなたの光に気づけるように。今日という日を、どうか、静かに大切にしてください。
私も、あなたと同じように不安のなかで迷いながら、何度も立ち止まり、また歩き始めてきました。そして今、心から言えるのです。あなたの人生は、これからです。これまでとは違う、新しい物語が、今、まさに始まろうとしています。焦らなくていい、立ち止まってもいい、でも、どうかあきらめないで。
あなたが歩む一歩一歩に、希望という名の光がそっと寄り添ってくれることを、私は信じています。あなたはひとりではありません。そしてこれからも、ずっとそうです。