自動車産業は、100年に一度の変革期を迎えています。その中心にあるのが、CASE(Connected, Autonomous, Shared, Electric)と呼ばれる新たな技術潮流であり、そのすべてを支えるのがAIです。この変革期において、トヨタ自動車グループのIT中核企業であるトヨタシステムズは、AIを単なるツールとしてではなく、未来のモビリティとデジタルトランスフォーメーション(DX)を加速する「賢いシステム」の実現に向け、戦略的な取り組みを進めています。
トヨタシステムズのAI活用は、グループ内のシステム開発効率化から、製品設計の高度化、そして新たなモビリティサービスの創出に至るまで、多岐にわたります。彼らは、AIが提供する知的な能力を、グループ全体の競争力強化にどう活かしているのでしょうか。
この記事では、トヨタシステムズがAIを通じてモビリティとDXの未来をどう描いているのか、その戦略の全貌を体系的に解き明かします。具体的な活用事例やパートナーシップを深掘りすることで、日本の基幹産業におけるAI実装の最前線を明らかにします。
トヨタシステムズのAI戦略 グループ全体のDXとモビリティサービスを推進
トヨタシステムズのAI戦略は、トヨタグループ全体の競争力を高めることを最優先しています。そのミッションは、単にAI技術を導入するだけでなく、それをグループのITインフラやビジネスプロセスに深く統合し、デジタルトランスフォーメーション(DX)と新たなモビリティサービスの創出を強力に推進することにあります。その基本方針は、以下の点に集約されます。
- AIによるグループ内システム開発の効率化と品質向上
- 製品設計やエンジニアリングシミュレーションの高度化
- 新たなモビリティサービスの開発支援
- 外部パートナーシップによる技術導入と協業
この戦略を通じて、トヨタシステムズは、AIがもたらす「賢いシステム」の力を最大限に引き出し、自動車メーカーから「モビリティカンパニー」への変革を目指すトヨタグループを、ITとAIの側面から支えているのです。
グループ内システム開発を革新する生成AIの力
トヨタシステムズのAI戦略の最前線の一つが、グループ内のシステム開発プロセスにおける生成AIの活用です。開発工数の削減と品質向上は、大規模なシステムを多数抱える企業にとって永遠の課題ですが、生成AIはこの課題に画期的な解決策をもたらしています。
具体的な活用事例は、すでに実業務での成果に繋がっています。
- コードと仕様書の自動生成
2024年7月から、IBM watsonxを活用したコード・仕様書自動生成を実業務に適用。これにより、エンジニアの定型的なコーディング作業やドキュメント作成の負担を大幅に軽減し、より創造的な業務に集中できる環境を整備しました。 - 基幹システムアップデート作業の効率化
富士通との生成AI実証では、基幹システムのアップデート作業に生成AIを導入することで、作業時間を50%削減できることを確認しました。この成果を受け、2025年1月より実業務への適用を順次開始しています。 - 開発工数削減と品質向上
生成AIによるコード生成やテスト支援は、人間の手作業によるミスを減らし、システムのバグ発生率を低減することにも貢献しています。これは、開発工数の削減だけでなく、最終的な製品やサービスの品質向上に直結します。
これらの取り組みは、AIがシステム開発の現場に深く浸透し、エンジニアの働き方を根本から変革する可能性を示しています。
CAE×AIシミュレーションで製品開発を高度化
AIは、システム開発だけでなく、トヨタの核心である製品開発、特に自動車の設計・性能評価プロセスにも深く関与しています。その中心にあるのが、CAE(Computer Aided Engineering)とAIを組み合わせたシミュレーション技術です。
CAE×AIシミュレーションが製品開発にもたらす価値は以下の通りです。
- 製品設計の効率化
物理的な試作を減らし、AIを活用したシミュレーションで設計の初期段階から性能を予測。 - 高速な性能予測
高速AI予測システム「3D-OWL」を用いて、ミニバン車両の空力性能をわずか数分で予測。従来数日かかっていた作業を大幅に短縮。 - 設計の最適化
AIが膨大な設計パターンを分析し、最適な形状や材料を提案。 - 適用範囲の拡大
自動車分野だけでなく、ロボットや航空宇宙など、他の産業への展開も視野に入れる。
この技術により、設計変更のサイクルが加速し、より高性能で安全な製品を短期間で市場に投入することが可能になります。
モビリティサービスへの貢献と未来への挑戦
トヨタシステムズのAI戦略は、自動車の「開発・生産」領域だけでなく、「移動」そのものを価値とするモビリティサービスにも貢献しています。
具体的なモビリティサービスへの貢献と挑戦は以下の通りです。
- コネクテッドカーのデータ活用
車両から収集される走行データやセンサー情報をAIで分析し、新たなサービス開発に活用。 - 自動運転技術の進化支援
膨大な走行データの解析や、シミュレーション環境の構築をAIで支援。 - 次世代モビリティ体験の創出
パーソナライズされた移動提案や、効率的な配車システムなど、AIを活用した新サービスを構想。
このように、トヨタシステムズはAIを、トヨタグループが「自動車メーカー」から「モビリティカンパニー」へと変革する上での重要な戦略的ツールと位置づけ、積極的に活用を進めています。
トヨタシステムズのAI戦略に関するよくある質問
トヨタシステムズのAIへの取り組みに関して、特に多く寄せられる疑問点について解説します。
トヨタシステムズは独自のAIチップを開発していますか?
トヨタシステムズが独自のAIチップを開発しているという公的な情報はありません。同社のAI戦略は、既存の高性能なハードウェア(GPUなど)を効率的に活用しつつ、その上で動作するソフトウェアやシステム、そしてその利用方法(活用ノウハウ)に重点を置いていると考えられます。IBM watsonxなどの外部AIサービスも積極的に活用しています。
トヨタシステムズのAIはトヨタ自動車の製品にどう関係しますか?
トヨタシステムズは、トヨタ自動車のIT中核企業として、AIを介して製品開発と密接に関わっています。例えば、CAE×AIシミュレーションで新車の空力性能を予測したり、自動運転技術開発の基盤となるデータ解析やシミュレーション環境をAIで支援したりしています。AIが最終的な自動車製品の性能や機能に間接的に貢献していると言えます。
トヨタシステムズのAI戦略は他の日本のSIerとどう違いますか?
トヨタシステムズの最大の特徴は、トヨタグループという明確な「顧客」と「ドメイン知識(自動車・モビリティ)」を持っている点です。多くの日本のSIerが多岐にわたる業種を顧客とするのに対し、トヨタシステムズはグループ内の課題解決にAIを最適化することで、より深く、実践的なノウハウを蓄積できます。これは、特定の産業におけるAI活用の深化という点で強みとなります。
まとめ
トヨタシステムズのAI戦略は、トヨタグループ全体のデジタルトランスフォーメーションと、未来のモビリティサービス創出を加速する、極めて実践的なものです。
その戦略の要点は、以下の通りです。
- 生成AIを活用したグループ内システム開発の革新
- CAE×AIシミュレーションによる製品開発の高度化
- コネクテッドカーや自動運転などモビリティサービスへの貢献
- 特定ドメイン知識を活かしたAIの実装と運用ノウハウ
日本の基幹産業を支えるトヨタグループにおいて、AIが単なる技術ではなく、競争力そのものを高める「賢いシステム」として活用されている事例は、多くの企業にとって示唆に富んでいます。AIシステム体系ラボは、日本のAI実装の最前線を引き続き分析していきます。
▼トヨタシステムズ以外の巨大テック企業や、国内の主要プレイヤーの戦略も知りたい方は、こちらのまとめ記事で全体像を把握できます。


