ニートキットを作り始めた理由は、単純に「自動売買でお金を稼ぎたかったから」ではありません。
もっと根っこにあったのは、
人間は、一生いまと同じ肉体と精神の状態で働き続けられるわけではない
という、ごく当たり前の疑問でした。
若い頃には問題なくできていた仕事が、歳を取れば難しくなることがあります。
病気になることもある。
けがをすることもある。
精神的に調子を崩す期間もある。
昨日は100%動けたのに、今日は30%しか動けないことだってある。
ところが、現在の社会はどこか、
決まった時間に起きられる
↓
決まった場所へ行ける
↓
一定時間働ける
↓
一定以上の速度で仕事ができる
↓
それを何十年も続けられる
という人間を標準モデルにしているように見えます。
でも、人間の身体も精神も、本当はそんなに一定ではありません。
「生産性の低い人」の問題は、未来の自分の問題でもある
障がいのある人の暮らしや働き方について考えると、「生産性」という問題にぶつかります。
ここでいう生産性とは、人間の価値のことではありません。
企業が人を雇う以上、最低賃金を含む一定以上の人件費が発生します。
すると経営側から見れば、
この人件費に対して、どれくらいの仕事を任せられるのか
という問題がどうしても出てきます。
けれど、これは障がいのある人だけの問題なのでしょうか。
今は普通に働いている人でも、20年後、30年後に同じ速度で働ける保証はありません。
視力が落ちるかもしれない。
耳が聞こえにくくなるかもしれない。
判断速度が落ちるかもしれない。
一日8時間働く体力がなくなるかもしれない。
そう考えると、
生産性が低くなった人でも安心して暮らせる仕組みを考えることは、自分自身の老後の働き方を考えることでもある。
決して他人事ではありません。
障がい者に優しい道具は、未来の自分にも優しい
これは補助ツールについて考えると、さらに分かりやすくなります。
たとえば障がいのある人のために、
- 音声を文字にする
- 難しい文章を簡単にする
- 操作ボタンを大きくする
- 手順を減らす
- AIが記憶を補助する
- 判断をAIと分担する
- 誤操作しても壊れないようにする
- 自宅から参加できるようにする
といった仕組みを作ったとします。
これらは、そのまま高齢者にも使えます。
字幕は耳が遠くなった人を助ける。
大きな文字は視力が落ちた人を助ける。
AIによる記憶補助は、物忘れが増えた人を助ける。
操作の簡略化は、複雑なデジタル機器についていけなくなった人を助ける。
つまり、
障がい者のための技術
↓
高齢者にも便利
↓
病気の人にも便利
↓
疲れている人にも便利
↓
最後には未来の自分にも便利
となります。
障がい者に優しい社会を作ることは、
老いた自分に優しい社会を、少し先に作っておくことでもある。
私はそんなふうに考えるようになりました。
「ずっと健康」という前提を外してみる
社会保障や雇用制度を考えるとき、私たちは無意識のうちに、
今の自分の能力が将来も続く
という前提を置いてしまいます。
でも、その前提を一度外してみる。
40歳の能力が70歳までそのまま続くとは考えない。
毎日同じ精神状態とも考えない。
病気をしないとも考えない。
そうすると、社会の設計そのものが少し違って見えてきます。
本人に、
もっと頑張れ
もっと速く働け
生産性を上げろ
と要求し続けるだけではなく、
本人の能力
+
AI
+
自動化
+
補助ツール
+
資本
によって不足する部分を補えばいい。
人間そのものを無理に高性能化するのではなく、
人間の周囲にある仕組みを高性能化する。
この発想が、後のニートキットにもつながっていきました。
自分一人だけなら、もっと簡単なルートを知っていた
自分一人が豊かになればいい。
それだけがゴールなら、別にニートキットを作る必要はなかったと思います。
働いて、
できるだけ倹約して、
賃金のかなりの部分をS&P500などへ長期間積み立てる。
数年、十数年という単位で見れば、資産形成の王道の一つです。
私自身、その方法があることは知っていました。
給料を得る
↓
生活を倹約する
↓
余剰資金を投資する
↓
資産を育てる
↓
自分の生活を安定させる
これは合理的です。
でも、どうにも面白くありませんでした。
なぜならそれは、
「現在働けている自分」が、自分一人を救う方法
だからです。
私が作りたかったのは、もう少し違うものでした。
心身の状態が良くない日があってもいい。
数か月調子を崩す時期があってもいい。
歳を取って働ける時間が減ってもいい。
それでも生活の土台が突然ゼロにならない。
そんな仕組みを作れないだろうか。
ニートキットの開発は、そこから始まっています。
小さな「生産手段」を個人が持つ
会社員として働く場合、基本的には、
自分の時間
↓
会社へ提供
↓
仕事
↓
賃金
という交換になります。
体調を崩して時間を提供できなくなれば、収入も減りやすい。
そこで私は、
人間
↓
仕組みを作る
↓
仕組みが動く
↓
小さな収益を生む
↓
生活を補助する
という別の経路を作れないかと考えました。
もちろん、自動売買には損失があります。
利益が保証されるものでもありません。
だからニートキットは「絶対に儲かる魔法の装置」を目指しているわけではありません。
むしろ、
個人が小さな生産手段を持つことはできるのか
という実験に近いものです。
本人の労働だけに生活の100%を背負わせない。
労働収入
+
資本収入
+
自動化
+
AI
+
小さな仕組み
という複数の足で立つ。
一本が弱くなっても、すぐには倒れない。
そんな生活モデルを作れたらいいと思っています。
長い迷走期と、資金難
もちろん、開発は順調ではありませんでした。
かなり長い迷走期があります。
思いついたロジックを作ってみたら、まったく使えなかった。
バックテストでは良く見えたのに、詳しく調べたら単なる偶然だった。
システムを複雑にしすぎて、自分でも何を作っているのか分からなくなった。
資金的な問題で開発が止まった時期もありました。
何度も、
こんなことを続けて、本当に形になるのだろうか
と思いました。
ところが、ここ数年で状況が大きく変わりました。
AIが突然、研究チームになった
生成AIの進化です。
これは自分でも想像していなかった変化でした。
以前なら外注しなければ作れなかったものが、自分で作れるようになりました。
たとえば簡単なWebツールなら、5年前にはココナラなどで数万円を払って外注していたことがあります。
それが今では、
こういうものが欲しい
とAIに説明すると、かなりのところまでその場で形になります。
WordPressのデータベースについて詳しい知識がなくても、プラグインという形にして機能を追加できる。
エラーが出たら、その場でコードを見せる。
AIと原因を探す。
修正版を作る。
再び試す。
またバグが出たら直す。
このサイクルを、その場で回せるようになりました。
最近では、簡易的な通訳アプリまで半日程度で試作品を作れるようになりました。
数年前なら、
仕様を考える
↓
開発者を探す
↓
見積もり
↓
発注
↓
数日~数週間待つ
↓
納品
↓
バグ発見
↓
再修正依頼
だったものが、
こういうものを作りたい
↓
AIと作る
↓
動かす
↓
壊れる
↓
その場で直す
↓
また試す
になった。
まるで魔法です。
そして何より、その変化に一番驚いているのは、開発している本人でした。
ニートキットについても同じです。
実装。
データ分析。
バックテスト。
異常値の調査。
ロジックの比較。
検証プログラム。
仕様書。
以前なら一人で何日もかけていた作業を、AIと高速で往復できるようになりました。
長年ゆっくり進んでいた研究が、突然早送りになったような感覚があります。
これまでは「外科手術」だった
これまでの私は、こうした問題解決をどこか外科手術のように考えていました。
困っている人がいる。
その人の状態を調べる。
その人専用の解決策を作る。
一人ずつ問題を取り除いていく。
それはもちろん必要です。
でも、一人ひとりに大きな人的コストが必要になります。
一人を救うために一人が付きっきりになるのであれば、社会全体へ広げるのは難しい。
だから最近は、
これから必要なのは「外科手術」より「創薬」なのではないか
と思うようになりました。
一人専用の解決方法ではなく、
一度作れば、多くの人が使えるもの。
障がいのある人が使える。
高齢者も使える。
病気療養中の人も使える。
精神的に調子が悪い時期の人も使える。
そして特別な事情のない人でも便利に使える。
一人を助ける
から、
仕組みを作る
↓
多くの人が使える
↓
一人あたりの支援コストが下がる
↓
社会へ広げられる
へ。
ニートキットも、そういう方向へ進めたいと思っています。
なぜ「ニートキット」という名前なのか
最後に、名前の由来があります。
NEET KIT――ニートキット。
これは「ニートのための便利キット」という意味もありますが、元になった言葉は、
Rootkit(ルートキット)
です。
コンピューターの世界で使われる言葉を、少しもじりました。
もちろん、悪意のあるプログラムを作りたいという意味ではありません。
私がイメージしたのは、
巨大なシステムの外から壊そうとするのではなく、その内部に入り込み、小さく流れを変えるもの
です。
私たちは資本主義という非常に大きなシステムの中で暮らしています。
賃金労働を全部なくすこともできない。
投資をなくすこともできない。
市場経済そのものを一人で作り替えることもできない。
だったら、その巨大な仕組みを正面から壊そうとするのではなく、
その中に小さな別ルートを作ればいい。
資本主義
│
├─ 賃金労働
│
├─ 企業
│
├─ 投資
│
└─ NEET KIT
↓
個人の小さな生産手段
ほんの少しだけ、お金の流れを変える。
ほんの少しだけ、労働への依存度を下げる。
ほんの少しだけ、「今日は働けない」が致命傷にならないようにする。
そんな存在になればいい。
それが、ニートキットという名前に込めたイメージです。
ゴールは「働かなくていい社会」ではない
ニートキットのゴールは、全員をニートにすることではありません。
働くことが好きな人は働けばいい。
会社員が向いている人は会社員を続ければいい。
商売が好きなら商売をすればいい。
ただ、
100%働けなくなった瞬間に、100%生活できなくなる社会である必要もない。
そう思っています。
元気な日は働く。
調子が悪い日はAIや自動化に少し任せる。
歳を取れば労働時間を減らす。
足りない部分を、小さな資本や仕組みが補う。
そんな柔らかい生き方が普通になればいい。
生産性の低い人の暮らしについて考えることは、未来の自分について考えることでもあります。
障がい者に優しい道具を作ることは、未来の高齢者に優しい道具を作ることでもあります。
そして、最低賃金水準の人件費に見合う生産性を出せなくなったときの問題を、元気なうちから考えておくことは、自分自身の老後への備えにもなります。
社会を、
「人間はずっと今と同じ状態である」
という前提から、
「人間は変化する。その変化を仕組みで吸収する」
という前提へ。
これまでは外科手術のように、一つずつ問題を解決してきました。
これからは創薬のように、一度作った仕組みを多くの人へ届けられる形を目指したい。
心身の状態が良くない日や期間があっても、みんなが安心して暮らせる仕組みとして、いつか社会実装できる日が来るように。
ニートキットの開発と実験を、これからも続けていきます。
